写真・文/藪内成基
2019年6月30日からアゼルバイジャンで開催されるユネスコ世界遺産委員会。日本からは「百舌鳥・古市古墳群」(大阪府)が世界遺産に登録される予定です。2018年時点で、世界遺産が最も多いのがイタリア(54件)で、中国(53件)が続きます。数多くの歴史遺産を有する中国の中で、唯一「城郭都市」として登録されているのが平遥古城(へいようこじょう)です。
明代に築かれた城壁が約6kmにもかけて巡らされ、城壁の内部では明や清の時代にタイムスリップしたような歴史散策が楽しめます。2014年に開業した平遥古城駅を利用すれば、西安から高速鉄道で約3時間、北京からも約4時間でアクセスできます。
明代の城郭都市の姿を残す平遥古城
平遥古城は明代の城壁がほぼ完全な形で残っており、1997年に世界文化遺産に登録されています。ただ城壁が残っているだけでなく、商業施設の配置や役所、市場の位置などが明代とほぼ変わらない状況で保存されているのです。
かつて中国の都市の大部分は、町全体を城壁で囲んでいました。しかし、現在ではほとんどが壊されており、平遥古城は古い中国の都市を知るのにぴったりの町なのです。「古城」という言葉からは、「城跡」を連想するかもしれませんが、「城壁で囲まれた古い町」というのが実際の姿です。
平遥古城は約2700年前の西周時代に築城されました。城壁は内部を土で固め、外部をレンガで築く「版築(はんちく)」という工法で造られています。何度も改修を繰り返す中、明の洪武3年(1370)に築かれた原型を今でも残しています。
外周約6.4km、高さ約12mの城壁上には、「敵楼」と呼ばれる櫓が72箇所築かれています。さらに、城壁が突き出した部分を利用して、中国の城に特有の防御施設「墩台(とんだい)」が設けられています。四隅には角楼が築かれ、現在は東南部の「奎星楼(けいせいろう)」のみが残っています。
城壁の上から町並みを一望する
平遥古城はほぼ方形をしており、南北に1つずつ、東西に2つずつの城門を構えています。
南門に当たる迎熏門(げいくんもん)を「頭」、北門に当たる拱極門(こうぎょくもん)を「尾」、東西2つずつの城門を「脚」に見立て、亀の形に例えて「亀城(きじょう)」とも呼ばれます。
南門(迎熏門)と北門(拱極門)からは城壁に登ることができます。平遥古城には、政務を司った建物を中心に4本の大通り、8本の裏通り、72本の路地が通っています。全体的には方形ながら、南面は城壁が曲げられ不規則な形状をしているのが特徴的です。
城壁内部にひしめく伝統的建築物めぐり
城壁内部には伝統的建築物が数多く立っています。町のシンボル的存在なのが、平遥古城の中心に立つ三層の楼閣、「市楼(しろう)」です。昔、楼閣の下で市が開かれていたことから市楼と呼ばれるようになりました。
中国初の銀行である「日昇昌(にっしょうしょう)」も威厳ある建物。銀行の前身に当たる「票号(ひょうごう)」として、私的な金融機関を創業しました。1823年の創業以来、平遥や周辺の都市で票号が盛んになり、発行した手形は当時では珍しいにも関わらず、中国各地で換金できました。平遥は経済活動の盛んな町でもあったのです。
平遥古城のメインストリートである南大街の東側には、平遥古城の守り神である城隍廟(じょうこうびょう)や孔子を祀る文廟(ぶんびょう)が配され、西側には元代から清代まで平遥の官庁所在地であった古衙署(こがしょう)が配されています。城隍廟は、城郭都市の外周に作られる「城」(城壁)と「隍」(堀)に対する信仰に始まります。また、文廟の一部は「科挙博物館」になっており、隋代から清代まで約1300年間にわたって行われた官僚登用試験、科挙について深く知ることができます。
平遥古城で暮らす人々のたくましい姿
まるで明代や清代に迷い込んだような光景が広がる平遥古城は、単なる観光地ではなく、今もなお多くの人々が暮らす場でもあります。散策をしていると、城門に吸い込まれるように入っていくバイク群や、城壁に守られるように並ぶ民家に出合うなど、城郭都市の中で営まれている生活にふれられます。
にぎやかな大通りから外れた住宅街では、中国北部の伝統的な建築様式である「四合院(しごういん)」建築が立ち並びます。敷地の中央に中庭を設け、囲むように四方向に建物が配されています。修理中の民家や建物も多くあり、修理にともなう土っぽさや砂埃さえも平遥古城ならではの空気のように感じられてきます。
600年以上もの間、町の形や機能をほとんど変えずに残っている平遥古城。世界遺産の歴史ある町並みはもちろんのこと、今もたくましく暮らす人々の姿も、平遥古城ならではの光景です。実際に散策して体感されてみてはいかがでしょうか。
(2019年2月下旬取材)
写真・文/藪内成基
奈良県出身。国内・海外で年間100以上の城を訪ね、「城と旅」をテーマに執筆・撮影。主に「城びと」(東北新社)へ記事を寄稿。異業種とコラボし、城を楽しむ体験プログラムを実施している。