文/印南敦史
新元号の「令和」が発表されたことで、その出典元である「万葉集」が改めて注目されることになった。とはいえ実際のところ、この日本最古の歌集について詳しいという方は限られているのではないだろうか?
この機会にいろいろなことを知っておきたいものだが、かといって人に聞くのもなんとなく気恥ずかしい。そんな方におすすめしたいのが、『中西進の万葉みらい塾』(中西 進著、朝日新聞出版)だ。
著者は、古代文学の比較研究、日本文化・日本精神史についての研究・評論活動を行なっている人物である。
その一方、日本各地の小・中学校に出かけ、小学校5、6年生、中学1〜3年の子どもたちを対象にした「万葉みらい塾」を開催し、「万葉集」について教えているのだという。
本書は、その授業の様子をまとめたもの。そのため口調も語りかける口調のままになっており、子どものことばもそのまま再現されている。だから気負わず、気楽に読むことができるのだ。
『万葉集』という本は、いまから一三〇〇年も前にできた本で、四五〇〇首以上の歌が載っています。そして『万葉集』の歌は、万葉の時代の人たちが心に思ったことをそのまま歌にしたもので、複雑な気持ちを込めたものではありません。しかもその気持ちをすなおによんでいます。だれもがいつでもどこでも感じるようなことばかりです。ですから、みなさんの経験ときっと同じで、みなさんの心に感動がそのまま飛び込んでくるはずです。(本書「この本を読むみなさんへ」より引用)
子どもを対象にしているだけあり、とてもわかりやすい解説である。しかもそれ以前の段階で、著者は子どもたちが好きになるだろうと思う歌を選んでいるのだという。
言葉の意味がわからなくとも、歌を声に出して読んでみれば、その気持ちよさがわかるはずだと著者は主張している。まずはそうして感覚的に歌を受け入れ、意味が気になったものがあったら現代語で書かれた訳文を確認すればいいということだ。
たとえば「気持ちがいいリズム」と題された項では、次のような歌が紹介されている。
大宮(おおみや)の 御殿の
内(うち)まで聞こゆ 中まで聞こえて来ます。
網引(あびき)すと しかけておいた網を引き上げようとして
網子調(あごととの)ふる 仲間をそろえている
海人(あま)の呼び声 漁師のかけ声が。(巻三ー二三八番 長意吉麿(ながのおきまろ)の歌)
(本書13ページより引用)
この歌は、なぜ読んでいて気持ちがいいのか。
著者はその理由を、子どもたちに目線を合わせて考えている。
驚かされるのは、「活気が伝わってくる」「簡潔な言葉で、ピッとしている」「五、七、五、七、七になっている」など、子どもたちの気づきがそれぞれ的を射ていることだ。
また、同じように興味深いのは、著者が説明しているこの歌の「しかけ」である。
おおみやの
うちまできこゆ
あびきすと
あごととのうる
あまのよびごえーー 何か気がついたことはありますか? はい、大きな声でいってみて。
G君 最初の言葉がみんなア行になっている。
ーー すごい発見だね。(中略)みんな最初が「ア」行。アやイやウやエやオは大きく口を開けたり動かしたりするでしょ。だからすごく気持ちがいいんだ。それを頭に入れながら、もういちど声に出して読んでみましょう。
(本書17〜18ページより引用)
『万葉集』の多くの歌は、声に出して歌われたもの。だから、現代人にとってをも気持ちよくさせてくれるのだと著者は言う。
今、ぼくらは、紙に書いた字だけをとっても大切にしていませんか。けれども、口でいう言葉もとっても大事だな、そういうことを考えながら勉強しましょう。(本書19ページより引用)
たしかにこのように教えてくれるのであれば、子どもたちも無理なく『万葉集』に関心を抱くことができるだろう。そして、それは私たち大人も同じ。
「子ども向けの本なんて」と敬遠せず純粋な気持ちで読み進めてみれば、きっと『万葉集』の本質に近づけるはずだ。
『中西進の万葉みらい塾』
中西 進著
朝日新聞出版
定価:1620円(税込)
2005年4月発売
文/印南敦史
作家、書評家、編集者。株式会社アンビエンス代表取締役。1962年東京生まれ。音楽雑誌の編集長を経て独立。複数のウェブ媒体で書評欄を担当。著書に『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』などがある。新刊は『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)。