文・写真/御影実(オーストリア在住ライター/海外書き人クラブ)
モーツァルトの生まれ故郷であり、サウンド・オブ・ミュージックの映画で知られるザルツブルク。アルプスに囲まれ、塩の交易で栄えた富と歴史を誇る、世界遺産の町です。
一日観光で駆け抜けてしまうにはもったいない、さまざまな魅力のあるこの町。今回は、定番の観光ルートから外れ、山歩きを楽しみつつ、ザルツブルクの街並みを見下ろすことのできる絶景ポイントをご紹介します。
●カプツィーナベルクの歴史
ザルツブルクの町の歴史は、新石器時代にはじまります。紀元前からケルト人が定住し、その後ローマ人がAD5世紀まで治めていました。その後も、近隣で採掘される岩塩の交易で膨大な富を蓄え、枢機卿を君主とした領邦として、中世の時代はウィーンよりも栄えます。ザルツブルクがオーストリアの一部となったのは、モーツァルトの死後約10年後。モーツァルトはオーストリア人というより、ザルツブルク人だったと言えるでしょう。
主な観光地としては、ホーエンザルツブルク城が建つフェストゥングベルクや、街の中心にある大聖堂、ザルツブルク音楽祭の開かれる祝祭劇場などがありますが、この地域から川を隔てた対岸に、カプツィーナベルクという小山があります。
紀元前12世紀ごろから人が住み着き、その後中世の時代には要塞が築かれていたこの山。16世紀にカプツィン修道院が建てられ、山の名前の由来になりました。17世紀の中ごろには、三十年戦争に備え、この山にも強固な壁が築かれました。今でもその壁や見張りの塔の名残が見られます。
カプツィーナベルクに登るには、三つのルートがあります。山の裏側から登る道はアクセスがあまりよくありませんが、ショッピングストリートのリンツァー通りに面した門から坂道を登るルートと、ザルツアッハ川にほど近いシュタイン通りから階段を登るルートの二つは、どちらも手軽に登山気分を楽しむことができます。
●巡礼の道とモーツァルト
それでは、リンツァー通りにあるこの門から散策をスタートしてみましょう。
日常的な風景が広がるショッピングストリートから、こんな古風な門をくぐると、中世へタイムトリップしたかのような急な坂道が伸びています。
この道は、巡礼の道となっていて、11の祠が並び、キリスト受難の物語をつづっています。
巡礼の祠や、まるで城門のように堅牢な門を抜け、急な坂道を上がっていく途中にも、ベンチがあり、景色を見下ろすことができます。
山を登りきると、カプツィン修道院の教会があります。この修道会は、ザルツブルク枢機卿の絶大な権力下にあった多くのザルツブルクの教会と異なり、教皇に直接指示を受ける立場にあったため、ほかの教会と一線を画していました。
この修道院のそばに、モーツァルトの胸像があります。この場所には元々、モーツァルトがウィーンで魔笛を作曲した、通称「魔笛小屋」が置かれていましたが、この小屋がモーツァルテウムの庭に移設された代わりに、ここに胸像が置かれました。
この先も森の中へと道は続いています。長距離のハイキングを楽しみたい現地の人たちがのんびり散策している様子は、この小山が市民の憩いの場であると感じさせます。
●鐘の音のコーラス
山を下る急な階段の降り口に、ザルツブルクを一望のもとに見下ろすことのできる展望台があります。ここでいったんゆっくりと休憩を取り、眼下のザルツブルクの建築物をじっくりと見てみましょう。
まず、川のこちら側には、三位一体教会(黒いドーム)と、サウンド・オブ・ミュージックのロケ地としても有名なミラベル宮殿(薄緑色の屋根の四角い建物)が見えます。
次に、対岸に目を向けてみましょう。白い壁に黒いドームの堂々たる建物は、コレーギエン教会(別名、大学教会)で、左に見える緑の尖塔の建物は、フランツィスカーナ教会。全く異なる建築様式が興味深いです。川のそばに建つ時計塔の斜め後ろには、モーツァルトの生家があります。
更に視線を左に向けると、ザルツブルクを代表する二つの建物が見えます。山の上には、ホーエンザルツブルク城。その下には、枢機卿が絶大な権力を握った大聖堂が聳えています。
ザルツブルクには約15の教会があり、この展望台からはその多くを一望のもとに見下ろすことができますが、この場所の魅力はそれだけではありません。教会の鐘が鳴り響く、昼の12時にこの展望台に上がると、さまざまな鐘の音がコーラスのように鳴り響き、街はハーモニーに包まれます。幼少期のモーツァルトが毎日聞きながら育った、この鐘の響きに圧倒されていると、神童を生んだこの町の秘密を実感できます。
●急な階段を一気に下る
それでは、この展望台から急な階段を下って、川のそばに出てみましょう。
この山の古い名前イムベルクの名を冠した「イムベルク階段」は、古い住居の間を縫うように下ります。
最後は、また日常的なショッピングストリートにつながり、歴史への旅は唐突に終わります。
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観光地が多い対岸と比較して、静けさの中一味違った角度から楽しむことのできるザルツブルク散策、いかがだったでしょうか。
通りから一気に山の頂上まで登り、多くの教会の塔を眼下に眺めながら、この町が栄えた時代に思いを馳せてみるのも、この町の魅力を肌で感じることのできる楽しみ方です。
二度目のザルツブルク訪問の際には、ぜひ少し違う角度から、街を眺めてみてください。観光地を訪ねるだけでは感じることのできない、新しい発見があるかもしれません。
文・写真/御影実
オーストリア・ウィーン在住フォトライター。世界45カ国を旅し、『るるぶ』『ララチッタ』(JTB出版社)、阪急交通社など、数々の旅行メディアにオーストリアの情報を提供、寄稿。海外書き人クラブ(http://www.kaigaikakibito.com/)所属。