文/川口陽海
ストレス性腰痛の実例
腰痛トレーニング研究所には、椎間板ヘルニアや脊柱管狭窄症など様々な診断を受けられた慢性腰痛の方がたくさん来られますが、ストレス性と診断を受けたという方はまず来られません。
しかし、慢性でなかなか腰痛が治らない方のほとんどは、多かれ少なかれストレスや脳の鎮痛機能の低下によって症状が長引いている、と私は考えています。
とくに次のような症状や状況があれば、ストレスの影響や脳の鎮痛機能の低下を疑います。
◆ちょっと触れただけでも激痛が走る。
◆特定の場面で痛みが起こりやすい。
◆楽しいことや好きなことをしている時は痛みがない。
◆その日の気分や体調により痛みが変化する。
◆痛みについて気にするとてきめんに痛くなる。
◆休日には痛みがあまりない。
◆心配事が続いている。
◆常に強いストレスを受けている。
◆寝不足が続いている。または睡眠障害がある。
◆過労、長時間労働が続いている。
◆休みがない。
あなたもこのような傾向がありませんか?
もし思い当たることがあれば、あなたの腰痛はストレス性の可能性があるかもしれません。
実際にストレス性、または脳の影響から症状が出ていたと思われるケースをいくつか見てみましょう。
上司のストレスで腰痛が悪化
佐藤さん(30代女性)は、会社役員の秘書をしています。
普通は2~3人で分担するような仕事を一人でこなしてしまう、とても有能な方ですが、1月頃から腰が痛みだし、4月末に腰から脚の激痛で動けなくなってしまいました。
病院に行ったら脊柱管狭窄症と診断されたのですが、なんとか手術せずに治したいとのことで当院を受診されました。
色々お話しをうかがってみると、かなりストレスの影響が見受けられました。
「普段ストレスは感じませんか?」と聞いてみると「すごくストレスを感じます。いつも怒りながら仕事してますよ(笑)」 とのこと。
以下その時の会話を再現します。
私「そうですか~、それは大変ですね(笑)。ちなみに4月の末にすごく痛みが出た時って、その前に強いストレスがあったりしましたか?」
佐藤さん「あ、ありましたありました!」
私「ありましたか! 1月に痛み出した頃って、やっぱりストレスがひどかったり何か環境の変化があったりしませんでしたか?」
佐藤さん「あっはっは(爆笑しながら)、ありましたありました!ストレスがひどかったです。え~?それが原因なんですか?(笑)」
私「強いストレスを受けると体が緊張しますよね? 体が緊張するというのは筋肉が緊張するということです。それが続くと筋肉がこり固まって、このような症状をおこすのです。もうひとつは脳がストレスによって痛みに過敏になってしまうことで、普段ならなんでもない程度の痛みを強い痛みと感じるようになってしまうのです」
その後、どういった時に痛みが強くなりやすいかをご自身でチェックしていただくと、普段出張の多い上司がオフィスにいると、てきめんに痛みが強くなることがわかりました。
普段はひどい腰痛なのにダンスはできる
山口さん(40代女性)は会社員です。
朝、最寄り駅まで歩くときや通勤電車で立ってる時は、腰の痛みがつらくてつらくてたまりません。
会社でもずっと座っているとどんどん痛みが増してくるので、こまめに席を立って動いたりしますが、立ち上がる時にも痛みが出たりします。
山口さんは趣味でダンスをしていますが、その時は全く痛みはないそうです。
「朝は歩くのもつらいほどなのに、ダンスで激しいレッスンをしても腰は全然大丈夫なんです」
「ダンスで身体を動かすのはとても気持ちいいです」
しかし翌日にはまた痛みがおこります。
私は聞きました。「山口さん、もしかして会社でストレスはありませんか?」
山口さんは少し言いよどみましたが、「会社では人間関係があまり良くなくて、仕事内容や待遇にも満足できないんです」
私は言いました。「会社に行くときや仕事中は痛みがあるのに、趣味をしている時や休日に痛みがないというのは、ストレスによる腰痛の特徴です。もしかしたら山口さんの腰痛は会社のストレスが原因かもしれませんね」
ちょっと触れただけでも激痛が走る
小柳さん(50代女性)がはじめて当院に来られた時は、激痛で歩くのもやっとの状態。
病院では腰椎椎間板ヘルニアによる腰痛と坐骨神経痛と診断され、ちょっと前までは車いすを使わなくてはならないほどだったそうです。
ベッドに横になってもらって触診をしますが、ちょっと腰や脚に触れただけでもものすごい痛がりようです。
まぁ、それは良くあることなので、気にせず触診をすすめましたが、『これは他の患者さんとは全く違う!』と感じたことがありました。
それは左肩を触ったら「左の太ももが痛い」と言うのです。
肩を触って太ももが痛むなんて神経でもないし、筋肉でもないし、ましてや腰のヘルニアなんて全然関係ないわけです。医学的にはあり得ないと言えます。
私は言いました。「小柳さん、これは腰が悪いわけでもヘルニアが原因でもなく、脳が原因だと思います」と。
どうやら肩を触られたという触覚が、脳の中で誤作動がおこっていて、左太ももの痛みとして知覚されてしまっているようでした。
すると「じつは他の治療院でも脳に問題が起きていると言われたことがあります」とのこと。
当院に来られる前にオリンピック選手を診ている先生のところにも通っていて、そこでやはり同じようなことを言われたそうです。
慢性の痛みの根本的な原因は脳にある
日本経済新聞によると、平成24年12月30日までに日本整形外科学会と日本腰痛学会は、腰痛の発症や慢性化には心理的なストレスが関与しているとして、画像検査などでも原因が特定できない腰痛が大半を占めるとの診療ガイドライン(指針)をまとめました。
従来は椎間板ヘルニアや脊柱管狭窄など背骨の異常が原因の多くを占めると考えられていましたが、じつはそうではなく、ストレスや環境要因などによる原因不明のものが多数を占めるということが明らかになってきたのです。
また、最近の研究では、痛みが慢性化する原因として「脳」や「考え方」、「行動」といった心理的なことも関係があることがわかってきました。
脳にはもともと、痛みを抑える鎮痛の仕組みが備わっているのですが、慢性腰痛の人ではその働きが衰えていることがわかったのです。
この痛みを抑える鎮痛の仕組みを【下行性疼痛抑制系】といいます。
下行性疼痛抑制系は鎮痛ホルモンを分泌して痛みをやわらげる
【下行性疼痛抑制系】はセロトニンやノルアドレナリンなど、鎮痛作用のある神経伝達物質(ホルモン)を分泌し、痛みをやわらげています。
ストレスを受けると疼痛抑制系が機能低下をおこし、鎮痛作用のあるホルモンの分泌が減り、痛みをやわらげることができなくなってしまうのです。
鎮痛ホルモンの分泌が減ると、
◆ケガや傷が治ったにもかかわらず、痛みがおさまらない
◆ちょっとした刺激でも強い痛みを感じてしまう
◆なんの刺激も原因もなくても、痛み記憶が再生されてしまう
◆考え方や感情や気分、またはストレスなどで痛み方が変わる
というようなことが起こってしまいます。
本当の痛みの何倍もの痛みを感じてしまったり、痛みでない刺激を痛みと感じてしまったり、痛みの記憶が再生されてしまい幻の痛みを感じてしまったりするのです。
ではこのようにストレスなどから鎮痛機能の低下により腰痛がおこった場合、どうしたら良いのでしょうか?
治す方法はあるのでしょうか?
大丈夫、安心してください。
脳の鎮痛機能を回復させる方法は【後編】で説明します。
文・指導/川口陽海
厚生労働大臣認定鍼灸師。腰痛トレーニング研究所代表。治療家として20年以上活動、のべ1万人以上を治療。自身が椎間板へルニアと診断され18年以上腰痛坐骨神経痛に苦しんだが、様々な治療、トレーニング、心理療法などを研究し、独自の治療メソッドを確立し完治する。現在新宿区四谷にて腰痛・坐骨神経痛を専門に治療にあたっている。
【腰痛トレーニング研究所/さくら治療院】
東京都新宿区四谷2-14-9森田屋ビル301
TEL:03-6457-8616
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