取材・文/鈴木拓也
中国発祥の饅頭は、鎌倉時代に中国留学から帰ってきた禅僧によってもたらされた。このとき伝えられた饅頭は、酒たねを発酵させて作る酒饅頭だったという。
最初は上流階級の口にしか入らなかった饅頭は、室町時代の末になると市井で行商人が売るほど普及し、間食の習慣が広まった江戸時代には、将軍家・大名から庶民まで、万人に愛される菓子となった。『東海道中膝栗毛』には、甘党の主人公2人が茶屋で饅頭を注文する場面があるが、これが書かれた文化文政期には、彼らのようにお伊勢参りの道中で饅頭をほおばる姿が方々で見られたはずである。
この時期は、家康が祀られる日光東照宮へ詣でる日光詣も流行しはじめ、これを商機と門前には菓子屋・茶屋が軒をつらねた。その1つが、文化元年(1804)に創業した湯沢屋である。
湯沢屋の看板製品は『湯沢屋のまんじゅう』(『元祖日光饅頭』とも)。膨張剤で膨らませ日本酒で香りをつけるなど、効率一辺倒で製造される酒饅頭が多いなか、昔ながらの製法を守り通している、数少ない老舗である。
湯沢屋の酒饅頭は、糀造りから始まる。この糀でもち米を醗酵させ、甘酒を仕込む。そして、その絞り汁で小麦粉を溶いて、一昼夜発酵させて生地を作る。この生地で、北海道産小豆から作った餡を包み、また醗酵させる。最後に蒸して完成となるが、全工程でまる1週間の手間暇をかけており、それだけに風味は格別。発酵の過程で得られた生地のほのかな酸味と、餡の甘味が絶妙にかみ合い、甘いばかりの並みの饅頭とは一線を画す味わいだ。
『湯沢屋のまんじゅう』は、消化が良く滋養に効果があることから、江戸の昔から「長寿菓子」として珍重されてきたという。また、湯沢屋は代々、『日光の社寺』として世界遺産に登録されている日光東照宮、二荒山神社、輪王寺から御用をうけ、大正天皇の日光来訪時に献上するなど、この地で指折りの菓子店として高い評価を得てきた。
製品は、インターネットの通信販売で買い求めることができ冷凍保存も可能だが、やはり出来立てを味わうのがいい。日光詣の折には、ぜひとも立ち寄られたい。
『湯沢屋』
住所:栃木県日光市下鉢石町946
電話:0288-54-0038
公式サイト:http://www.yuzawaya.jp
取材・文/鈴木拓也
2016年に札幌の翻訳会社役員を退任後、函館へ移住しフリーライター兼翻訳者となる。江戸時代の随筆と現代ミステリ小説をこよなく愛する、健康オタクにして旅好き。