取材・文/田中昭三

東京国立博物館で開催中の『仁和寺と御室派のみほとけ―天平と真言密教の名宝―』展に、いよいよ大阪・葛井寺(ふじいでら、大阪府藤井寺市)蔵の国宝《千手観音菩薩坐像》が登場した。

奈良時代の8世紀前半に造られた仏像の名作で、東京で開帳されるのは江戸時代初期以来のこと。今回の展示は、葛井寺の森快隆住職の英断によるものだ。

葛井寺の秘仏千手観音菩薩坐像。今回約300年ぶりに東京で拝観できる。奈良時代、像高131.3cm、国宝。

葛井寺では、本堂に秘仏として安置されている。毎月18日と8月9日に開帳されるとはいえ、薄暗い厨子のなかに安置されているので仏像の全容を見ることはできない。今回の展覧会では広い室内に展示。正面からはもちろんのこと、背後からも目近に観覧できる。こんな贅沢な秘仏観賞は、今後いつ実現できるのかわからない。

顔の表情は東大寺の日光・月光菩薩に通じ、品の高さを備えている。

この仏像は、頭上に十一面観音をいただき、それぞれの掌には目が描かれている。正式には十一面千手千眼(せんげん)観音菩薩という。1000の目でこの世の全体を見渡し、あらゆる人々の願いをくみ取ってくれる実にありがたい観音様なのだ。しかも造立当初の姿をほぼそのまま残しおり、これほど完璧な仏像が1400年もの間保存されつづけたのは奇跡に近い。

この千手観音像の見どころは、何といっても1043本の手が完備していること。胸の前でそっと合わせた2本の手を合掌手(がっしょうしゅ)といい、左右両側から観音様を包み込んでいる手を脇手(わきしゅ)という。脇手には大小があり、40本の大きな手は斧や髑髏(どくろ)、羂索(けんさく)などを持つ。

手の数は本来全体で1042本のはずだが、なぜ1本多いのかは謎のままである。

横から見た千手観音坐像。左右の脇手は前後2段に組まれている。

背後から見た脇手。小さな脇手の間から大きな手が伸びる。手に持った持物(じもつ)は後に補修されたもの。

こうした実際に1000本の手を備えた千手観音を「真数(しんすう)千手観音」という。しかし奈良時代の作例はこの葛井寺以外には唐招提寺(とうしょうだいじ、奈良市)くらいのもの。日本に残る千手観音のほとんどは手が40本。何故かというと1本の手に25本の役割を与えているからだ。いわば省略形だが、これは1000本の手を備えることがいかに困難な作業かを物語っている。

こんな立体感のある仏像を、葛井寺からどのようにして東京まで運んだのか。実は左右の脇手は前列と後列に組まれており、4つのパーツからなる。台座は2つに分離。それに仏像本体と合わせ全体で7パーツに分け搬送された。

仏像の中では最も不思議な形をし、しかもご利益いっぱいの千手観音。このおそらく空前絶後の機会に、ぜひとも拝観しておきたい。

【展覧会情報】
『仁和寺と御室派のみほとけ―天平と真言密教の名宝―』
■会期:開催中~2018年3月11日(日)
■時間:9時30分~17時、金曜・土曜は21時まで開館(入館は閉館の30分前まで)
■観覧料金:一般1600円
■交通:JR上野駅公園口、鶯谷駅南口より徒歩10分
■問い合わせ(ハローダイヤル):03・5777・8600

取材・文/田中昭三
京都大学文学部卒。編集者を経てフリーに。日本の伝統文化の取材・執筆にあたる。『サライの「日本庭園」完全ガイド』(小学館)、『入江泰吉と歩く大和路仏像巡礼』(ウエッジ)、『江戸東京の庭園散歩』(JTBパブリッシング)ほか。

 

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