文/中村康宏
高血圧、糖尿病、脂質異常症などの生活習慣病は、脳卒中の危険因子となることから、認知症の中ではこれまで「血管性認知症」との関連で注目されてきました。が、それだけでなく、生活習慣病がアルツハイマー病の発症や進行にも大きく影響していることが最近の研究からわかってきたのです。
さらに、認知症の予防可能な要因のリスクやその度合いについても明らかになりつつあります。
今回は認知症と生活習慣病の関連、日常生活における認知症の予防について解説します。
生活習慣病による「酸化ストレス」は認知症の原因になる
生活習慣病は酸化ストレスによる「活性酸素病」と考えられています(※1)。特に脳は、体重の約2%の重量で全身の20〜25%の酸素を消費しますが、酸化されやすい不飽和脂肪酸を多く含む上に抗酸化酵素の発現は低く、酸化ストレスに特に脆弱である臓器と考えられています(※2)。 さらに、酸化ストレスは異常タンパクの産生に関与し、アルツハイマー病の中心的病理に深くかかわっていると推定されています。
生活習慣病は、酸化ストレスに加えてそれぞれのメカニズムで認知症の発症・進展に関与します。病気の種類ごとに見ていきましょう。
(1)高血圧
特に、高血圧の合併が認知症の進行により深く関与していることがわかっています(※3)。高血圧は脳虚血の悪化によって血管性認知症の発症・進行させるだけでなく、脳内に異常タンパクが蓄積されやすくなりアルツハイマー病変も加速されることが推定されています(※4)。
(2)糖尿病
糖尿病治療ガイドラインによると「高齢糖尿病患者の認知症リスクは、アルツハイマー病および脳血管性認知症ともに非糖尿病者の2〜4倍である」と明記されています(※5)。
糖尿病が認知症発症に関わるメカニズムは多様で、認知症に直結する血管病変や異常たんぱく質を作る他に、糖毒性、酸化ストレス、高血糖・低血糖からなる代謝性変化などが重複して作用します。
(3)脂質代謝異常
実験的に、コレステロール代謝異常が異常タンパクの産生や蓄積、神経細胞変性に関与するという報告が多く認められます。さらに、統計学的にも、コレステロールとアルツハイマー病発症との関連は数多くの論文で指摘されています。
最近の研究では、コレステロール治療薬の「スタチン」がアルツハイマー病発症を約半数程度にまで抑制したことが報告され、スタチンのもつ多面的な効果が期待されています (※6)。
しかし、生活習慣を改善しても、認知症は年単位で進行する病気のためなかなか効果を実感できず「生活習慣の改善で本当に認知症が予防できるのか?」と思われる人も多いでしょう。
■イギリスで認知症が減っている原因は?
日本では、加齢が最大の危険因子である認知症は増加しており、世界的にも今後増加していくことが予想されています。そのような中で、イギリスでは認知症が減少したという報告がなされ脚光を浴びました。
イギリスでは、20年前と比較して65歳以上の認知症有病率が22%も低下し、世界中の研究者は驚きました(※7)。その背景には、イギリスでは循環器疾患の予防のために、国をあげて禁煙(本数の減少)や塩分摂取量の減少などの生活習慣病対策に取り組んできたことが挙げられます。
■認知症の3人に1人は予防できる
認知症の危険因子は「予防可能なもの(禁煙や運動など)」と「予防不可能なもの(年齢など)」に分類されます。予防可能な要因を改善することによって3割以上の認知症を予防することができます。
ちなみに権威ある英国の医学雑誌「Lancet」(ランセット)によれば、認知症の予防可能な要因のリスク度合いは、以下の通りです(※8)。
中年期の聴力低下 9%
中等教育の未修了 8%
喫煙 5%
うつ 4%
運動不足 3%
*社会的孤立 2%
高血圧 2%
肥満 1%
2型糖尿病 1%
*社会的孤立:家族や友人との関わりが薄れること
いかがでしょう、思い当たる節はありませんか?
■認知症を予防する勘所は「食」
日常生活において、肥満、糖尿病、高血圧、身体運動は重要な予防可能な危険因子です。これらは全て「食事」に関係があり、インスリン抵抗性を改善させる食事が肝になります。
具体的には低GI食・低飽和脂肪酸/高多価不飽和脂肪酸食・ケトジェニックダイエット(低炭水化物・高脂肪食)が推奨されます(※9)。 その他、ゲームや対人スポーツの予防効果、社会的交流、家族のコミュニケーションが認知症の予防に役立つ可能性があると指摘されています(※10)。
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以上、生活習慣が認知症の発症・予防に重要な意味をもつことを解説しました。
認知症の発症要因について、促進因子と防御因子とに分けて考えてみると、遺伝的な要因と加齢は回避することのできない因子ですが、生活習慣病である高血圧、糖尿病、脂質異常症は治療や予防も可能な認知症の促進因子になっています。そしてこれらに対するアプローチを日常生活に取り入れることが、確実に認知症のリスクを減らすことにつながります。
今日において、認知症に対する確実な治療薬は存在しませんので、予防意識を高め早めの予防を心がけましょう。
文/中村康宏
関西医科大学卒業。虎の門病院で勤務後New York University、St. John’s Universityへ留学。同公衆衛生修士課程(MPH:予防医学専攻)にて修学。同時にNORC New Yorkにて家庭医療、St. John’s Universityにて予防医学研究に従事。