
近年の猛烈に暑い夏を、なんとか元気に過ごしたい。そう思っていてもやっぱり夏バテしたり、秋になったとたんにガクッと体調を崩してしまう方は、多いことでしょう。
厳しい夏を、元気なまま乗り越える方法はないのでしょうか?
本連載では、国際中医専門員である志村幸枝先生が、中国伝統医学の知恵から、体の違和感について、そのサインを読み解いていきます。
今日は、暑い夏を良好な体調で乗り越えられるように、ぜひコツを教えてほしい、という男性が訪れています。
ちょっと、覗いてみましょう。
【今日のお悩みカード】
相談者|53才/会社役員
症状|毎年夏になると胃腸が弱る。今年は体調を崩さずに乗り越えたい。
夏の体調不良
「先生、今年の夏も暑くなりそうですね」
そう言いながら、男性はネクタイを緩めます。
「最近の夏は楽しむというより、耐える感じでね。去年は体調を崩しましたよ。急に食欲がなくなったと思ったら、その後体がぐったりして、数日動けなくなりました。あれはきつかったなぁ…。
若い頃は、夜遊びで寝不足して、そのまま仕事しても、平気だったのに…」
そう言って遠くを見つめる男性に、志村先生は尋ねます。
「お仕事はデスクワークですか?」
「はい。冷房の効いた部屋で仕事です。
クーラーの効いた部屋は快適ですが、今年は夏らしい暑さも楽しみたい。それで、家族と沖縄への旅行も計画中です。旅行を楽しむためにも、まずは体が元気でないと。
どうしたら、夏を元気に過ごすことができるか、知りたくて来ました。ぜひ、教えてほしいです」
志村先生はにっこりと頷き、湯気の立つお茶を差し出しました。
「暑熱順化」
「まずは、『暑熱順化(しょねつじゅんか)』についてお話しましょう。
『暑熱順化』とは、体が少しずつ暑さに慣れていくプロセスのことです。毎年夏の初めに少し汗をかいたり、暑さにさらされたりすることで、体が『今年も夏が来た』と準備を始めます。体が元来持っている発汗作用を促して、体温調節をスムーズにする。これが『暑熱順化』です。
ちょっと想像してみてください。
少しムシムシし始めたら除湿機能をON。
移動は電車や車。
そして、夜は毎日シャワーだけ。
暑いからといって、汗をかく前に涼しい場所へ逃げてしまう、そんな生活をしていると、体が夏仕様に切り替わらないまま、いきなり真夏を迎えることになります。
「だから急にバテるわけですね」
「そうです。『暑熱順化』が不十分な体は、熱を外に逃がす機能が鈍いまま。
だから『なんとなく体に熱がこもる』、『汗がベタベタして気持ち悪い』という状態が続くんです」
胃から聞こえる「チャポチャポ」音
「突然ですが、胃が『チャポチャポ』する感覚って、思い当たりはないですか?」
志村先生の問いに、男性は少し考えました。
「…チャポチャポ? 水分を摂った後、お腹でチャプンと揺れるアレかな…」
「そういった胃の違和感は、とても大事なサインなんです。それに気がつけるかどうかで、早めに手を打つことができます。
中医学では、体の水分は
“脾(ひ)”が受け止めて、
“肺”が全身に巡らせ、
“腎”が余分な分を尿として排出する。
この三者の連携があって、体内の水が「入る→巡る→出る」と、スムーズに循環すると考えます。まるでキャッチボールのように。
水分の入り口である“脾”の力が弱ると、まず、キャッチができなくなる。それが『チャポチャポ』という音として現れるんです」

志村先生の中医学メモ|脾・肺・腎の役割
中医学では、水分の循環を「脾・肺・腎」の3つが連携して担うと考えます。
【脾(ひ)】
飲食物から水分や栄養を吸収し、全身に届ける入り口。消化吸収の要であり、気や血を生み出す源でもあります。
【肺(はい)】
「脾」から受け取った水分を全身へ散布するシャワーの役割。皮膚や粘膜の潤いも「肺」が担います。
【腎(じん)】
余分な水分を尿として排出する出口。生命エネルギーの貯蔵庫でもあり、加齢とともに力が弱まりやすい点には、注意が必要。
50代で胃腸が弱りやすい理由
「『脾』とは、消化吸収の要。食べたものをエネルギーに変え、水分の代謝も担っている場所です。
この力が落ちると出てくる症状といえば、食欲不振、だるさ、眠気、むくみ…。まさに夏バテの症状そのものです」
「じゃあ、年齢のせいで、どうしようもない…?」
「いいえ、そんなことはありません。『脾』が弱りやすい時期だからこそ、意識的に守ってあげることが大切なんです」
中国の文化「涼茶」が教えてくれること
志村先生はここで、意外な話をはじめました。
「涼茶」とは
「中国には『涼茶(りょうちゃ)』という文化があります。暑い夏に、体にこもった熱を取り除くために飲むお茶のことです。
でも、よく誤解されがちなんですが、『涼』という漢字を使っているのに、飲むのは温かいお茶です」
「温かいお茶なのに、『涼』?」
「はい。涼茶舗と呼ばれる専門店ではそうなんです」
「…そういえば、中国に行ったとき、みんなボトルに茶葉と熱湯を入れて持ち歩いてたな。お店に入ると、夏なのにびっくりするくらい熱いお茶が出てくる。
あれを飲むと、たしかに不思議とすっきり涼しく感じたものです」
「そうですか。じつは、お茶の茶葉そのものに、体を冷ます性質があります。つまり、淹れたお茶を冷やさなくても、体を冷やしてくれるので、『涼茶』なんです。
とはいえ、最近はペットボトルや缶入りの涼茶が、コンビニなどで冷やして売られているそうですが(笑)。
他にも、きゅうりやスイカも、体を冷やす性質がある食べ物です。
昔の人が夏にきゅうりの浅漬けを食べたり、スイカを食べたりしていたのは、理にかなった養生だったんですよ」

冷やし方が変わってしまった現代日本の「涼茶」
「ところが、この『涼茶』という文化を、現代の日本に当てはめてみると、どうでしょうか?
冷房の効いた室内で長く過ごし、さらに冷蔵庫で冷やしたお茶を飲む。夏に温かいお茶を飲む中国の文化と比較すると、現代日本のドリンクは、冷やし方が強烈です」
「クーラーと冷蔵庫。文明の利器か…」
「そうです。昔の暮らしと比較しても、冷たい飲み物を常時飲む習慣はありませんでした。昔はスイカを、井戸や川で冷やしていましたよね。冷蔵庫でキンキンに冷やしたわけではなかったんです。
それくらい穏やかに冷たい方が、じつは甘みを感じやすくて、おいしいですしね。
ゆるやかな冷たさが、夏の体にとっては最適で、現代の生活を『当たり前』と捉えてしまうと、知らずに胃が冷えてしまいます。本来体が持っているはずのパフォーマンスも発揮できなくなって、さらに不調が広がってしまうことにもつながります。
たしかに、昔と今とでは暑さの度合いが違うことは、言うに及びません。冷たい飲み物を欲するお気持ちはよくわかります。
でも、地球の温暖化が進むと同時に、人間はクーラーや冷蔵庫など、『冷やす』手段も手に入れました。酷暑と酷冷。これは、昔と比べて、より大きな体への負担となっています」
「体の話をしているのに、なんだか、現代の地球環境にまで広がりますね」
驚きながらも、男性は話に引き込まれていきました。
今年の夏に実践したい「胃腸ファースト」の養生
志村先生は、言います。
「夏を元気に過ごすために、難しいことをする必要はありません。まずは、夏本番を迎える前に、体を夏仕様に慣らす生活を心がけましょう」
汗をかく練習をする
「普段の生活の中に、汗をかく習慣はありますか?
もしなければ、お風呂に浸かることを習慣づけてください。じんわり汗をかくまで、ゆっくり浸かります。
これで、汗をかくことができる体が作られていきます」
「お風呂の温度って、どれくらいがいいです?」
「お風呂の温度は、ご自身の体と相談してみてください。例えば、39℃のお風呂を熱く感じるか、ぬるく感じるか、人によって違います。
いつもより少しだけ熱め、を意識してみてくださいね」
「冷やし過ぎ」をやめる
「また、もしも一つだけ生活を変えるとしたら、一番に優先して欲しいのが、冷たい飲み物を常温に戻すことです。
冷たい麦茶、アイスコーヒー、そうめん。夏はどれも気持ちがいいですが、でも、冷やすばかりに偏ると、胃腸が弱ります。すると、だるさや食欲不振、むくみにつながる。
まずはこの悪循環をやめるために、今から冷やしていない飲み物を取り入れてください。そうして慣れてくると、冷たい食べ物を取り入れたとき、体が感じる負担にご自身で気がつくようになります。その感覚を自覚するためにも、ぜひ、試してみてください。
他にも、冷房の設定温度を下げすぎないように気をつけましょう。羽織ることができる一枚を常備することを、忘れずに。
志村先生の中医学メモ|酵素で消化を助ける
先日、お客様からこんな話を聞きました。
胃腸の消化吸収力に不安があるとき、大根おろしや、パイナップルなど、酵素を含む食材を、食べるようにしているのだそう。
ただ、酵素は熱に弱く、50℃前後で働きを失ってしまうため、生のままで食べることがポイントです。
そして夏にぴったりの飲み物として、「麹水(こうじすい)」を教えてもらいました。
乾燥麹を水に浸して一晩ほど置くだけで、酵素だけでなく、ミネラルやビタミンB群が溶け出した、やさしい甘みの「麹水」が完成します。そのままでもおいしいですが、レモン汁を加えると、さっぱりとしたスポーツドリンクのような味わいに。
さらに、クローブ・シナモンスティック・生姜・ミントなどを加えて、お好みにアレンジするのもおすすめ。スパイシーな風味が楽しめるそうですよ。
・材料
米麹(乾燥) 100g
水 500㏄
クローブ(粒) 5粒程度
シナモンスティック 1本
生姜スライス 5枚程度
レモン汁 小さじ1(飲む直前に追加)
・作り方
材料を容器に入れて、一晩冷蔵庫に置きます。飲むときは、ザルなどで濾しながらグラスに注ぎ、レモン汁を加えます。
水を追加して、同じ材料で2~3回作ることができます。

暑熱順化ができると、夏が変わる
志村先生は、相談者の目を真っ直ぐに見つめました。
「もしも、何の準備もないまま夏を迎え、冷たいものを無自覚なまま胃腸に流し込み続けたらどうなるでしょうか? 体への負担は大きく、体調を崩すことも考えられます。
一方で、今から汗をかく準備をしながら、冷たいものを少しだけ控え、お腹の様子を随時伺いながら過ごすとしたら…?
まずは、食欲が湧いてきて、食事がおいしく感じます。そして、なにより汗が変わります」
「汗が変わる?」
「そうです。『暑熱順化』できている体は、汗の質が違います。サラッとして、汗をかいた後に体が軽くなる感じです。逆にベタベタして不快な汗は、まだ体が熱を逃がすことができていません。じんわりと汗をかける習慣をつけると、その質が変わってきます。
沖縄旅行、思いきり楽しんできてくださいね。そのためにも、まずは今夜の湯船からです」
「若い頃、日差しの下で汗を流すのは、たしかに気持ち良かった…。でも、ぼんやりしていたら、妻や娘に置いて行かれるだけだな。
せっかくの53才の夏。しかたない。今日から飲み物も常温にしてみるか。でも、先生。ビールは冷たくてもいいですよね?」
「ぬるいと…ビールと思えないですよね(笑)」
そう言って笑う志村先生がいつも温かいお茶を飲んでいるのは、夜の冷たい一杯のため、なんだそうですよ。
おわりに
まだまだ、夏は始まったばかりです。動いたときに胃がチャポチャポと鳴ったり、お腹が重く感じたりしたら、それは体からの小さなSOS。
冷たいお茶を常温に変えてみる、湯船に浸かってみる。そんな小さな積み重ねが、夏を軽やかに過ごすための鍵になります。
次回は、志村先生に炎天下でのイベントに出かける際の対策を相談していきます。どうぞ、お楽しみに。
※この記事は、国際中医専門員・志村幸枝先生が長年の相談経験に基づき、実例を再構築したものです。プライバシー保護のため設定は変更していますが、身体の悩みと見立ては現場の知見に根ざしています。
中医学において、身体の状態は千差万別です。紹介した養生法は一例であり、効果を保証するものではありません。ご自身の身体をより正確に知りたい方は、ぜひお近くの漢方薬店など、専門家を頼ってみてください。
身体に明らかな不調がある場合は、自己判断せず速やかに医療機関を受診してください。
●監修/志村幸枝

国際中医専門員。CoCo美漢方神戸勤務。登録販売者。漢方相談歴は28年。身体の変化を感じる年頃になり、自分を実験台に漢方と向き合う毎日。日常に絡めた喩え話で「伝わる中医学」をSNSで発信している。お酒を飲みながら美味しいものを食べている時が一番幸せ。趣味はおつまみ作り。
X:漢方しむしむ@simusim01454535
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●構成・文/もぱ(京都メディアライン)











