文/後藤雅洋

ヘレン・メリルは日本人好みのジャズ・ヴォーカリストだといわれています。私自身もジャズを聴き始めたころ、彼女が名トランぺッター、クリフォード・ブラウンを従えて歌った「ユード・ビー・ソー・ナイス・トゥ・カム・ホーム・トゥ」を聴いて、「ジャズ・ヴォーカルっていいなあ」と思ったものでした。

ほとんどジャズに馴染みのない若者に、「いいなあ」と思わせる力の源泉のひとつに、「日本人好み」という要素があったのは間違いないでしょう。

今回はそんなヘレン・メリルの魅力・聴きどころを、「日本人好み」というキーワードを入り口にして解説していこうと思います。

この記事は、第45号「ヘレン・メリル vol.2」(監修:後藤雅洋、サライ責任編集、小学館刊)からの転載です。

まず最初にお話ししておきたいのは、一昔前はジャンルはなんであれ、日本人好みのものは本場の評価とは違っており、必ずしも優れているとはいえないという暗黙の了解があったことです。これは明治の文明開化によって西欧音楽や油絵といった目新しい外来文化が一気に流入し、消化不良を起こした一般庶民の見当はずれな受け取り方に対して、「知識人」たちが上から目線で、「わかってないなあ」と揶揄した歴史に始まるようです。

揶揄は言いすぎで、「啓蒙」と言うべきかもしれませんが、そうした若干ネガティヴな意味も含んだ「日本人好み」という形容を、21世紀を迎えた私たちはもう少しポジティヴに捉え直してみるべきかと思います。たしかに異文化に接すれば「本場」とは違う価値観から対象を眺めるのですから、当然見当はずれもあるでしょう。しかし場合によっては、本場が見逃していた隠れた見どころを「発見」することだって、あるのです。

いちばんわかりやすい例が、マニア好みのピアニストといわれたソニー・クラークでしょう。日本にジャズ・ファンが増え始めた1960年代、タイムというすぐに潰れてしまったレコード会社から発売された『ソニー・クラーク・トリオ』というアルバムを、ファンは競って探し求めました。ですから、このアルバムを持っているジャズ喫茶はそれだけで商売になったのです。

それほど日本でもてはやされたピアニストなのだから、ジャズの本場アメリカではさぞや人気が高かっただろうと当時のファンは想像したのですが、後になって、アメリカでは不遇でさほどの一般的評価は得られなかったという事実がわかってきたのです。

このことから、日本でのクラーク評価は「見当はずれ」だったのかというとそういうことはなく、むしろアメリカ人が見過ごしていたクラークの魅力を、日本の熱心なファンが発見したというほうが当たっているのですね。その理由はシンプルで、若干地味めで哀愁を帯びたクラークのテイストは、万事派手好きでハッピー志向のアメリカ人のアンテナにはひっかかりにくかったのです。

そうなのです、現代では「日本人好み」を必ずしもネガティヴな意味で捉える必要はないのです。早い話、日本製アニメや劇画は海外のコミックスとは発想からして違っていますが、その日本人的感覚を愛好するファンは今や世界中に広がっていますよね。

というわけで、私たち日本人の琴線に触れるヘレン・メリルの魅力ポイントをひとつずつ点検していくことといたしましょう。

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