文/鈴木拓也

写真はイメージです。

大河ドラマの影響か、江戸時代の歴史に興味を持つ人が増えた印象がある。

歴史と言っても関心の対象は、当時生きた市井の人たち。彼らの生活や人生は、学校の教科書ではほとんど触れられず、いっそう興味がかきたてられる。

そこで、おすすめしたい書籍が『幕末女性の生活 日記に見るリアルな日常』(村上紀夫/創元社 https://www.sogensha.co.jp/productlist/detail?id=5027)。奈良大学文学部史学科の教授が、4人の女性の日記をもとに庶民の生活ぶりを活写した1冊だ。

本書では、年中行事に始まり、家族生活、近所づきあい、被災、闘病など様々な事柄が平易に解説されている。

今回は、その内容の一部を紹介しよう。

牛肉やマンボウを食べたエピソードも

著者も指摘するように、女性の日記は、男性の書いた日記とは異なる特徴がある。

その1つが食べ物。「実に多様な食べ物」に言及されていて、「驚かされることがある」くらい。

さらに、現代人の思い込みがくつがえされる記述もあって、それが肉食だ。

肉食は原則として禁忌で、おめでたい日に食べるくらいと思っていたが、そうではなさそうだ。

紀州藩の川合小梅が書いた『小梅日記』には、しばしば牛肉を食べたとの記録が残っている。例えば嘉永2年(1849)の暮れには、寒中見舞いとして牛肉をもらい、客人にも牛肉の料理を出すなど、牛ざんまいの日があり、「小梅うし三つたべて夜中腹いたみ下る」と書いてある。腹痛に見舞われるほど食べたようだ。

紀州という土地柄からか、海産物もよく出てくる。なかには、当時も珍しかったマンボウの記述も。日記では、最初は夫が食べたという話があって、小梅自身はその恩恵にあずかっていない。それから8年経って、親戚からマンボウを贈られ、念願の珍味を食べている。

猫や金魚の飼育にハマる

ペットブームは今に始まったものではないようで、当時のペット事情についても記されている。

曲亭(滝沢)馬琴の長男の妻、路(みち)が残した『路女日記』には、滝沢家に拾われた野良猫の仔「仁助」が出てくる。路は、この猫をたいそう可愛がったが、路の息子の長患いで、泣く泣く手放すことになる。

飼い猫がいると病気は治らないという俗信のとばっちりを受けた仁助だが、引き取り先から脱走して、行方をくらましてしまう。路は、迷い猫となってひもじい思いをしているに違いない仁助を思って、悲嘆に暮れる。

ところが、2年後の日記に突如として仁助の名が出てくる。近所の人が、仁助にめざしいわしを与え、その人は路にお金を貸してほしいと頼んできたという話だ。村上教授は、「無事に仁助を見つけられたのか、あるいは別の猫の可能性も全くないというわけではないが」と書いているように、脱走した仁助が滝沢家に戻ってきたのかどうかは不明だ。それはともかく、路はこの猫を愛し、病気にかかったときもねんごろに看病している。

他方、金魚飼育にハマったのが、『日致録(にちろく)』を遺した峯だ。職人を雇って、金魚を飼うための池まで掘っている。池が完成すると、隣家や知人から何匹かの金魚をプレゼントされ、さらに購入までしている。

何日かして金魚の行商人がやってきて、「極上」の金魚を売り込んできた。値段は下女の給銀半年分に相当する額で、値引き交渉するもかなわず、行商人は持ち帰ってしまう。

ところが、この金魚売り、しばらくするとまたやってきて「まけましょう」と売り込んできた。それでも高額なことに変わりなかったが、金魚を手に入れた峯はご満悦であった。

とにかく多い近所づきあい

本書を読むと、なによりもまず、当時の人々の近所づきあいの濃密さに驚かされる。

例えば、『路女日記』の新年をことほぐくだりで、年始のあいさつで30人もの来客があったという。午後になると親類縁者が集まって、皆で歌かるたに興じている。元旦の翌日も23人が訪れ、うち12人はあいさつにとどまらず、茶菓を出してのもてなしが伴ったようだ。

正月だけでなく、桃の節句や端午の節句など折々で、人を招きあるいは招かれての社交が描かれる。家政を切り盛りする路は、さぞ忙しかったことだろう。

さらに、贈ったり、贈られたりする場面が当たり前のようにある。

『サク女日記』の筆者サクは、河内国古市(ふるいち)の商家の娘。商売柄か、「贈答品は想像以上に多種多様」である。氷とうふ、羊羹(ようかん)、あんころ餅、煮染(にしめ)、色飯(炊き込みご飯)、それに酒印紙や饅頭印紙といった商品券など、折に触れて贈っている。相手から贈られることも多く、いただきものを、他の人にまわすこともしている。

贈答だけでなく、貸し借りもまた多い。葬儀に必要な物品や旅行時に使う袖合羽といった、そう頻繁には使わないものが目立つ。そうしたものは各家庭で常備する必要はなく、「共同体にひとつあれば十分」ということなのだ。

ここには、核家族化が進んで現代人が忘れかけている、古き良き何かがあると感じたが、ことはそう単純ではない。近所づきあいは、ちょっとした行き違いで仲が険悪となるリスクとワンセット。さらには、「村八分にでもあえば、たちまち生活が成り立たない」怖さもある。実際、路は、近所の女性のあらぬ中傷に悩んでいる。今も昔も、人間関係とは難しいものである。

【今日の教養を高める1冊】
『幕末女性の生活 日記に見るリアルな日常』

村上紀夫著
定価1980円
創元社

文/鈴木拓也
老舗翻訳会社役員を退任後、フリーライターとなる。趣味は神社仏閣・秘境めぐりで、撮った写真をInstagram(https://www.instagram.com/happysuzuki/)に掲載している。

 

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