取材・文/坂口鈴香

中道美佳子さん(仮名・52)の夫・伸一さん(仮名・55)は、多発性硬化症から高次脳機能障害を起こし、認知症も発症した。暴言もひどい。医師からは「会社に行けているのが奇跡です」と驚かれているほどだ。通勤は中道さんの支えで何とかできているものの、仕事がまともにできる状況だとは思えない。
40代で認知症になった夫|「いっそ暴力を振るわれれば離れられるのに」【2】はこちら
「俺らで面倒を見よう」と上司が言ってくれた
「病気になるまで夫は技術職でしたが、当然仕事ができるわけがありません。そこでいったん窓際のような部署に移動したのですが、その部署が閉鎖され、2、3年前に総務に異動することになりました。上司が『俺らで中道君の面倒を見よう』と言ってくださったんです。夫は、会社の体制が変わったから異動したんだと思っているようですが、仕事を続けさせてくださっている会社には感謝しています」
はじめのうち、上司は伸一さんに仕事に関係のない書類を渡して、何らかの作業をさせてくれていたが、それもできなくなった。やることのなくなった伸一さんは、パソコンやスマホを弄るのが“仕事”になった。
「すると今度はパスワードがわからなくなったようです。プライドがあるので社員には聞けず、私に電話がかかってきましたが、もちろん私にもわかりません。パソコンも触れなくなって、夫から『死にたい』とメールがきました」
さすがに、会社の温情にも限界があった。この年度末までで退職を言い渡されているという。
「退職は数年前に決定していて、そのとき夫は上司に『それでも雇ってくれてありがとう』と言ったらしいです。今はそのことも忘れているので、自分が退職するとは思ってもいませんし、私も伝えていません。技術職を外されて以来、給料もだんだん下がっています。今はまだ何とかなっています。これがなくなったらどうすればいいのか……」
中道さん宅には、家のローンがまだ15年残っているという。夫は技術職の資格を持っていたので定年後も再就職できるつもりで、中道さん曰く「分不相応な」高級住宅地に家を建てていた。
「老後は家を売ってどこかに移ってもいいと思っていましたが、まさかこんなに早く仕事ができなくなるとは夢にも思いませんでした」
中道さんもパートをしているが、夫の送迎などがあるので時間をセーブしながらでないと働けない。夫が仕事を辞めたらシフトを増やし、後は障害年金や傷病手当、雇用保険を合わせれば何とかなるだろうと目算してはいるものの、不安は否めない。
【家族にも限界が来ている。次ページに続きます】
