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ライターI(以下I):『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』(以下『べらぼう』)はこれまでの大河ドラマと比べると、かなり食い込んでくるなという印象があるのですが、特に吉原の女郎屋内での描写は、知らない世界ということもあって、へぇーはぁーうわぁーがたくさんあります。
編集者A(以下A):『吉原炎上』といった映画では描かれることがありましたが、それよりもさらに古い、江戸中期の吉原が描かれていますね。第8回でも、吉原の親父たちが、地本問屋の鶴屋(演・風間俊介)との話し合いの席で、「吉原はもとは日本橋にあった」といっていましたが、蔦重の時代には浅草近くに移転してあり、新吉原ともいわれていました。
I:大黒屋の律(演・安達祐実)が、幕府公認の遊里であることを強調していました。吉原とは、といったことを折に触れて解説してくれています。今回私が特に気になったのは、花の井改め瀬川(演・小芝風花)たちのハードな仕事ぶりです。
A:うつせみ(演・小野花梨)の首に絞められた痕があったりして、確かにうわぁーっとなりますね。
I:幕府公認とはいえ、男性が夜遊ぶ場所ということで、そういう無茶なことをする客もけっこういたんですかね。常日頃、彼女たちをなんとかしてあげたいと思っていた蔦重(演・横浜流星)でさえびっくりしていました。
A:第1回で朝顔(演・愛希れいか)の全裸遺体が写されて話題になりましたが、過酷な生活だったことは間違いないでしょう。『初めての大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」歴史おもしろBOOK』には、彼女たちがどんな生活をしていたのか、つぶさに書かれています。
I:あ、時間割みたいなのが書いてありましたね。
A:同本の受け売りですが、ざっくりと説明しましょう。
6時 朝6時を知らせる浅草寺の鐘が鳴り、吉原の大門が開く。女郎は夫婦ごっこみたいに泊り客の帰り支度を手伝った後、二度寝する。
10時 起きたら、入浴。女郎屋の中にある風呂に入ったり、外の銭湯に行く女郎もいた。朝食は大広間で。高級女郎たちは自室で食べた。
12時 朝食後は、お仕事用の着物を着たり、豪華なかんざしなどをつけて髪を整える。支度が終われば昼見世までは自由時間。
14時 お客さんを迎える仕度が済んだら、昼見世が始まる。張見世といって、女郎たちは籬(格子)の内側に座り、お客さんに姿を見せる。
16時 昼見世後、お色直ししたり、お稽古事をしたり、お客さんに手紙を書いたりした。営業メールみたいなもの。遅めの昼食をすませる。
20時 日が暮れ、三味線の音が聞こえてきたら夜見世が始まる。ご指名があれば宴席でお客さんの相手をする。高級女郎の花魁道中もある。
22時 大門が閉まる。夜見世は終わりだが、女郎たちは実際にはもう少し長く籬の向こうに座っていた。引き続き接客する遊女もいた。
2時 寝る時間。お泊りのお客さんの相手は、高級女郎は自室で、自室のない女郎は間仕切りした大部屋で。お客さんにとってはこれが本番。
I:こうして見ると、昼夜逆転とはいえ、けっこう規則正しい生活だったんですね。
A:そうなんです。時代小説家・江戸料理文化研究所代表の車浮代さんに取材したのですが、吉原ではとりあえずは衣食住がある、生活できるという点で、彼女たちを手放した貧しい農村での暮らしよりはマシだったのではないか、ということです。決して極楽ではないけれど、少なくとも食べられるし、お風呂にも入れるわけです。
I:今の寮生活みたいです。社員寮とかって、あまり他の国にはなさそうですが、吉原の女郎屋はある意味社員寮みたいなものかもしれませんね。
A:そうですね。ただ厳密な話をしますと、寮というのは、もとは律令国家での職場のようなものでしたが、特に寄宿寮としては、平安時代の大学寮の学徒たちが生活をする学寮からきているのではないかと思います。江戸時代には豪商などの別荘を寮と呼んだようです。
I:なるほど。よく、花の井、というかもう瀬川ですが、彼女と蔦重が九郎助稲荷で落ち合ったりしていますが、きっとお昼過ぎの自由時間とか、昼見世の後だったのかなと想像します。あ、瀬川クラスになると、昼見世はないのかもしれませんが。
A:ドラマの中でも「身請け」こそ吉原の女性を救う最善の方法、といったことがいわれていましたが、いわゆる自由時間に教養をしっかり身に着けるチャンスもあったんですね。そこで豪商や時には大名などに身請けされて、お内儀さんになれるチャンスがあった。
I:朝顔のように無残に亡くなってしまう女性もいれば、身請けされる女性もいたってことですよね。ドラマに出ている女性たちが幸せになってくれるといいなぁと思いながら、見守っています。
●編集者A:書籍編集者。『べらぼう』をより楽しく視聴するためにドラマの内容から時代背景などまで網羅した『初めての大河ドラマ べらぼう 蔦重栄華乃夢噺 歴史おもしろBOOK』などを編集。
●ライターI:文科系ライター。月刊『サライ』等で執筆。猫が好きで、猫の浮世絵や猫神様のお札などを集めている。江戸時代創業の老舗和菓子屋などを巡り歩く。
構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり
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