文・写真/杉﨑行恭(フォトライター)
すっかり雪景色になった登別駅を訪ねた。ここは北海道の名湯、登別温泉の玄関口にある洋館駅舎だ。
ちなみに温泉街は約8㎞も山を登ったところにあって駅の周囲に温泉の気配はない。それでもこの駅には「スーパー北斗」や「すずらん」など多くの特急列車が停車して今も温泉の玄関の役割を果たしている。
昭和10年に建てられた登別駅は白壁に縦の柱を浮き出させたハーフティンバーの洋館建築だ。しかも壁の下半分はがっちりとした石造りで、白とグレーのコントラストが重厚な存在感を見せている。
この石は駅の南側の海岸沿いの丘から採掘された登別軟石という岩石で、軟石とはいっても緻密で硬いことから明治時代より建築材として出荷され、その昔は採掘場から駅まで専用のトロッコで運んでいた。
駅舎のホーム側もそんな登別軟石の壁になっていて、通常の改札口の他に貴賓室用の扉も設けられていた。これはかつて登別温泉に訪れる皇族や政治家などを迎えるための出入り口で、貴賓室には暖炉も備えられていたという。
駅舎の玄関は車寄せ風に突き出ているが、その傍らには大きなヒグマの剥製があった。このヒグマは登別の山頂にある登別くま牧場で飼われていた「ケイ太」というオスで、天井に届きそうな大きさに驚かされる。
また駅頭のロータリーには巨大な赤鬼の像があってやってくる観光客を睨みつけていた。登別温泉の第一印象はかなりマッチョな感じだ。
現在は温泉街まではバスやタクシーが連絡しているが、戦前には駅前から電車(登別温泉軌道)が走っていた。電力に余裕がなかった当時は電車がのぼり坂に差しかかると温泉街の電燈が暗くなり、宿の番頭たちは電車の到着を知ったという。
またこの登別駅で販売されていたハムやカツを押し寿司にしてソースで食べる『洋寿司』という珍弁当のことを思い出した。私は結構いけると思ったが、あまり人気はなかったようで今は駅弁も販売されていない。
しばらく駅にいたのですっかり冷えてしまったが駅の周囲に温泉はない、登別温泉に立ち寄るなら少なくとも4時間は必要だ。
天下の名湯の近くにいながら次の列車に乗った。ともあれ洋館駅舎は建てられてから80年を経てもなおカタマリ感のある風格を漂わせている。
最近は淋しいニュースが多い北海道の鉄道だが、登別のように歴史ある駅が賑わっているとすこしだけ嬉しくなった。
【登別駅(JR北海道 室蘭本線)】
■ホーム:島式1面2線・単式1線
■所在地:北海道登別市登別港町1−4−1
■駅開業年月日:1892年(明治25)
■現役舎改築:1935年(昭和10)
■アクセス:新千歳空港駅から1時間
文・写真/杉﨑行恭
乗り物ジャンルのフォトライターとして時刻表や旅行雑誌を中心に活動。『百駅停車』(新潮社)『絶滅危惧駅舎』(二見書房)『異形のステーション』(交通新聞社)など駅関連の著作多数。