文/鈴木拓也
意外かもしれないが、日本は映画大国。年に約600本もの邦画が制作されている。
これは、インド、中国、アメリカに次いで本数としては世界第4位になる。
そして、これもまた意外だが、現在の映画料金(一般2000円)は、世界で5本の指に入る高さだという。
ちなみに、映画料金が最も高い国はサウジアラビアで、日本円に換算して7000円近くになる。これには理由があって、長らく映画上映が禁止されていたのが、つい最近になって解禁。映画関連のインフラが発展途上であることが、鑑賞料金の高さに反映しているという。
こういった、映画の知識・雑学をまとめているのが、映画パーソナリティのコトブキツカサさんの著書『教養として知っておきたい映画の世界』(日本実業出版社 https://www.njg.co.jp/book/9784534061300/)だ。
本書は、19世紀後半に誕生した映画が、現代の隆盛を得るまでの小史に始まり、「映画の歴史を変えた10作品」や、コトブキさんが出会った映画人との交流エピソードなど、さまざまな内容が盛り込まれている。
その一部を今回は紹介しよう。
現代の映画界を激変させたサブスクの登場
映像を撮り、スクリーンに映し出す装置が発明されて以来、映画業界は幾度かの「激変」を体験している。草創期だと、それはサイレント(無声)からトーキーへの変化であり、後にはアニメーションや3D映画の発明となる。
そして、現代における激変は、Netflixといった「サブスクの登場」であるという。毎月、劇場映画1本の鑑賞料金に満たない額を払うだけで、手元のデバイスでいくらでも鑑賞できるというシステムは、かつてなかった。
これによって、映画館へ足を運ぶ観客は減少し、業界はサブスクとの共存を迫られた。
素人目には、映画館での公開終了後、ある程度の長い期間を置いてサブスクの配信に至ると思っていたが、現状はそうではないという。むしろ、待機期間は短くなっているそうだ。その理由として、コトブキさんは次のように述べている。
ストリーミング配信の解禁によって、さまざまなメディアで作品が取り上げられる宣伝効果が期待できたり、話題を集めて「映画賞対策」に活かすケースもあります。(本書079pより)
コロナ禍による巣ごもり消費は、サブスク配信の利用をさらに促進し、この流れは逆行することはなさそうだ。評論家の中にはこれを危惧する声もあるが、コトブキさんは、劇場鑑賞とストリーミング鑑賞が共栄していくのが理想だとしている。
脚色作品の多さと説明過多という邦画の課題
昨年公開されて大ヒットした『ゴジラ-1.0』が、アカデミー視覚効果賞を受賞したことは記憶に新しい。
ひところの低迷期を乗り越え、日本の映画界も躍進著しいと思ったものだが、実は課題も多いことを、コトブキさんは本書で指摘する。
1つは、「オリジナル脚本作品の減少」。言い換えると、小説、コミック、テレビドラマを脚色した映画が多い。
それが悪いわけではないと前置きしつつ、コトブキさんは「いささかバランスを欠いている」と考える。
脚色作品の比率が高いのは、原作ファンの集客が期待でき、企画は通りやすく、制作費も集めやすいという、わかりやすい事情がある。
ただ、こればっかりというのもどうだろうか。コトブキさんは、次のように記している。
原作ありきの映画を全否定するつもりはありません。これまで数々の既存の物語をトレースした名作が存在することも知っています。
一方で、映画中毒の僕としては、完全未知の胸躍るオリジナルスストーリー作品が増えることを望んでいますし、そうした映画を劇場で見ることを強く求めている自分がいるのも偽らざる心境なのです。(本書058pより)
もうひとつ取り上げられている課題は、「過剰なまでのわかりやすさ」だ。具体的には、「台詞の説明が多い映画の増加」。これは、テレビ番組が状況説明やテロップを多用しているのが、邦画界に影響したのだとみる。
これについても、制作サイドのジレンマを汲み取りつつ、以下のように苦言を呈する。
答えを写すだけの計算ドリルのようなエンタメほどつまらないものはないですし、手取り足取り説明する文化に慣れてしまうと、思考も感性も鈍っていくのではないでしょうか。(本書062pより)
作品のわかりやすさは、諸刃の剣。ときには、鑑賞者に解釈を委ねる姿勢が、映画人に問われる。
観た映画は加点法で評価する
もともと芸能人として活動していたコトブキさんは、年間の鑑賞数が500本におよぶ大の映画好き。
それが15年ほど前に、「映画を評論・紹介する仕事をしたい」と、既存の仕事をほぼ離れて、映画パーソナリティとなった経緯がある。
すでに映画について語る仕事をする人はたくさんおり、当初は苦労したようだ。
そのためだろうか、映画の評論そのものについても書かれている。
コトブキさんが駆け出しの頃、ネットの世界では辛辣な批評をする人ほど目立ち、芸能界には毒舌ブームが到来していた。
その路線を踏襲して、「新作映画に対して歯に衣着せぬ発言で手厳しいスタンスを取れば注目されるかも……」と考えたそうだ。
しかし、その考えを改め、「減点法で伝えるより加点法で伝える」と決意。これは、「作品の良いところを人に伝えて映画館に赴く人を増やしたい」という信念から。
そもそも映画の批評は、単に「白黒つける」ためにあるのではないという。観る人によって、同じ作品でも、ある人は激賞し、ある人はこき下ろすというのはよくあるし、それがむしろ「自然なこと」だとも。
ただ、コトブキさんは、面白くなかった映画を「面白い」と書くことはしない。また、どんな映画でも、加点に添えて減点要因を書くことはあるという。それが、同業者が数あるなか、守っていくべき理念だとしている。
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「教養ブーム」で関連図書が多いなか、本書は映画にまつわる概説の羅列とせず、かといって専門性に寄りすぎない内容に仕上がっている。映画の初心者にも愛好家にもおすすめしたい1冊だ。
【今日の教養を高める1冊】
『教養として知っておきたい映画の世界』
文/鈴木拓也
老舗翻訳会社役員を退任後、フリーライターとなる。趣味は神社仏閣・秘境めぐりで、撮った写真をInstagram(https://www.instagram.com/happysuzuki/)に掲載している。