人手不足が叫ばれて久しい。そこで、一度、退職した社員を再雇用する「アルムナイ制度」が注目されている。聞き馴染みがない「アルムナイ」とは英語で「卒業生」のことだが、人事では「元社員」という意味で使われる。自社の文化や理念を理解した人材を採用することは、メリットが多いとされ、多くの上場企業でもアルムナイ制度の導入が進んでいる。
芳雄さん(64歳)は「定年直前にアルムナイ採用をされて、4年間働きましたが去年、辞めました」と語る。63歳での退職理由は、帯状疱疹を発症したことだった。
1960(昭和35)年生まれの芳雄さんは、高卒である大企業に採用されたが、2003年に退職する。それは、小泉政権下の構造改革により、リストラの対象になりそうだったからだ。その後、取引先の中規模の企業に採用され、59歳まで働く。先行きがわからなくなった頃に、以前勤務していた大企業から、「アルムナイ制度が導入されたので、戻ってこないか」という声がかかる。
【これまでの経緯は前編で】
組織で働くことに“感謝”はしないが、“有り難み”を感じる大切さとは
芳雄さんに声をかけたのは、かつて可愛がっていた若手社員だった。
「うちは祖父と両親が油問屋をしており、やがてガソリンスタンドを経営するようになりました。昔は住み込みで働く人もいたので、幼い頃からウチで働く人を見ていたんですよ。そこで学んだことは、新人をいじめないこと。何もできないから赤ちゃん扱いしたり、いじめたりしていると、回り回っていじめた人が不幸になる。あとは“盗み”ね。亡くなった父が“お天道様は見ている”とよく言っていましたが、このことは年齢を重ねるたびに、痛感します」
かといって、それは甘やかすことではない。悪意や感情を持ち込まず、その人の能力を見極めて引き上げることが大切だという。
「当然、作業ノルマはあります。その量を適正に行ない、達成できないときは自分が出張る。失敗してもみんなの前で叱らない。若手が挑戦しようとしたら、最後まで付き合うとかそういうことですよ。あとは、商売をやっていた親の姿を見ていて思うのは、組織そのもので働いている“ありがたみ”のようなものを感じること。決して“感謝”ではないですよ。だって組織も社員からたっぷりと搾取しているんだから(笑)」
なぜなら、芳雄さんは自分で事業は立ち上げられず、フリーランスとして働くスキルもないことがよくわかっているからだ。だから、組織で働き、そのルールの中で仕事をして給料を得るしかない。だから雇用されて働ける“有り難み”を忘れないようにしていた。
「これもまた、ウチが商売をやっていたことが大きい。僕が幼稚園くらいのときに、僕を可愛がってくれていた従業員が、タンカを切って“こんな仕事、辞めてやる!”と仕事を放って出て行っちゃったんですよ。その人は腕っぷしも強く、仕事もできて親も頼りにしていた。僕のことも可愛がってくれて、大好きな“兄ちゃん”だったんです。それから半年、彼は生活に困って人を傷つけ、刑務所に入った。警察がウチにもきましたからよく覚えています」
事業を立ち上げるということは、あらゆる責任を負うことだ。ハイリスクであることを承知で起業することは、経営者の血が流れ、物事を俯瞰できる芳雄さんに不可能ではなかったはずだ。
「高卒で大企業に入るまではできたかもしれませんが、絶対に無理。なぜなら、言葉を選ばずにいうと、会社勤めをするというのは、“宗教に染まっていく”みたいなところがあり、そこに全て染まってしまったから。会社ってすごいんですよ。試練と達成と気づきがあり、人間的に成長させてくれる。さらに、報酬とともに社会的保証も約束してくれる。まさに神と人間の関係だと思いません?」
大企業であるほど、発するメッセージは強いという。
「43歳のときに自主的にリストラし、無名の中規模企業に転職してからも、勤務していた企業名を出すと“あそこにお勤めだったんですか”とか“優秀ですね”などと言われる。それだけで信頼してもらえるんですよ。だから、辞めた人や後輩にせっせと年賀状を出し、SNSができると真っ先に会社名を検索したりしてね。当然、OBのコミュニティにも参加したり。動物が最初に見たものを親と思うように、会社を愛しついていってしまうんですよ」
だから、「再び働きませんか?」と言われたときは嬉しかったという。
【顧客相談窓口はストレスの嵐だった……次のページに続きます】