深夜12時から朝まで営業する「めしや」で供される一皿から、人生の哀歓が語られる人情漫画とは。
著者 安倍夜郎(あべ・やろう)さん
(漫画家・61歳)
2006年の連載開始から18年となる『ビッグコミックオリジナル』の看板連載のひとつが『深夜食堂』(安倍夜郎)だ。
小林薫主演でテレビドラマ化され、世界21か国で放映されるなど、“食と人間模様”を描くドラマとして、海外での人気も高い。
食堂と酒をテーマにし、累計100万部となる小説『食堂のおばちゃん』『婚活食堂』『ゆうれい居酒屋』シリーズなどで知られ、自身も食堂での勤務歴がある作家の山口恵以子さんが、同作の魅力を語る。
「私はテレビドラマを先に観たんですが、まず設定が巧みです。新宿の歌舞伎町を思わせるロケーションと夜12時から朝までという営業スタイルで、老若男女、さまざまな事情を抱える訳ありの客が自然に集まってくる。このお客さんの人物造形がまた個性的で、小説ならイメージしにくい登場人物も安倍さんが描くと、ひと目で強い印象に残ります。馴染みの常連客は映画『男はつらいよ』の寅さんファミリーと同じように、長寿シリーズものに必須となるレギュラー俳優のようなものですね」
ドラマ脚本のプロット作者も手がけたことがある山口さんには、食堂の設定だけでなく、それとなく描き分けられたお客同士のやりとりにも惹き込まれるという。
「『深夜食堂』は初めてのお客も、訳あってご無沙汰していたお客、場違いのような珍客でも分け隔てせず受け入れてくれます。そして、読者は常連客の目線で“見慣れぬ客”の様子を見守ることになる。マスターは、お客同士のやりとりを傍目に、お客が勝手気ままにリクエストするメニューをさらっと調理して出す。マスターがお客側の事情に過度に深入りせず、ストーリーの進行役としての節度を保つところも、抑制されたリズムを生んで、心地よい読後感につながっています」
数々のヒット作を連発する山口さんがエンターテインメントに求める醍醐味とは“後味のよさ”。『深夜食堂』が一級の情話として海外でもヒットした秘密の一端もそこに由来するのだろう。
とともに、山口さんの眼鏡に適ったのが、作中で供される料理の行き届いた描写だ。
「目玉焼きひとつとっても、焼き加減や味付けが塩か醤油か、で好みは分かれるはずですが、食堂に勤務した経験のある私から見ても、上手く描き分けられていると思います。一皿の料理にも、お客が抱える人生の葛藤や逡巡、後悔などが映し出されています。丁寧に描かれた料理が市井の人びとの人生の記憶を呼び起こし、現在の喜びや悲しみを浮かび上がらせる。食と人生が交錯する一瞬を切り取り、庶民の哀歓をすくいあげる手腕は、お見事です」
人肌の温もりと苦みのある“大人の味わい”を賞味したい。
解説 山口恵以子(やまぐち・えいこ)さん(小説家・66歳)
単行本『深夜食堂』
アジア諸国を中心に海外でも人気の珠玉の短編シリーズ。最新28集も、日・韓・台で同時発売。
ドラマ『深夜食堂』第1〜5部
世界190か国で配信。食ドラマの金字塔
2009年に深夜ドラマとしてスタートするや大きな反響を呼び、海外21か国で放映され、中韓ではリメイク版が製作された。2016年からNetflixオリジナルドラマとして世界配信。主演の小林薫ほか不破万作、松重豊らが出演。
取材・文/山田英生
※この記事は『サライ』本誌2024年8月号より転載しました。