取材・文/柿川鮎子
人間でも普通に漢方薬が処方されるようになった今、ペットの漢方薬や東洋医学に注目が集まっている。どんな治療を行うのか、東洋医学の考え方など、世界一簡単なペットの東洋医学について、むつあい動物病院院長・獣医学博士・国際中医師の金井修一郎先生に教えていただきましょう。
正気と邪気が戦って邪気が勝つと病気に
――これまで西洋医学と東洋医学の違いなどについて教えていただきましたが、根本的な病気の捉え方が異なるのでしょうか?
金井先生 東洋医学では、身体が備えている抵抗力を“正気”、病を起こす原因(病因)を“邪気”と言います。
身体がこの邪気にさらされると、正気と邪気が戦います。正気が邪気に勝れば健康を保ち、逆に邪気が勝ると病気になってしまうと考えます。
邪気の種類
外因:身体の外側からくる原因。過度な気候の変化(気象現象)による。
内因:身体の内側で発生する原因。過度な感情の変化などによる。
その他:不内外因(過労、生活環境の悪化など)
病理的産物:(代謝障害により滞った病的なもの)
今回は外因、内因の2つについて説明していきましょう。
外因とは
自然界で起こる気象現象を「六気(ろっき)」といい、風、寒、暑、湿、燥、火(熱)に分類されます。
これらが過剰になり、邪気となる場合を「六淫(ろくいん)」といい、風邪、寒邪、暑邪、湿邪、燥邪、火邪に分類されます。
「六淫」(ろくいん):6つに分けられる外因(外邪)の種類
風邪(ふうじゃ)
風が吹くように身体のあちらこちら、特に体表に症状が起こりやすい。
症状:急性の痛み、かゆみ、めまい、けいれん。
*身体中を巡って、様々な病態に変化し他の邪気を伴う。
暑邪(しょじゃ)
炎のように熱があって、上昇、発散の特徴がある。
症状:高熱、熱中症、口が渇く、息切れ。
*ムシムシして息苦しくなる。
火邪(かじゃ)
暑邪と同じく気温が高いときに、皮膚の炎症、精神不安が起こる。
症状:皮膚炎、不眠、便秘。
*体表に熱がこもり、皮膚が赤くなる。
湿邪(しつじゃ)
湿気が滞って脾(消化機能)に影響する。
症状:食欲不振、下痢、嘔吐、むくみ。
*ジメジメして食欲がわかない。
燥邪(そうじゃ)
乾燥した空気により身体の表面の水分を奪われ、肺にも影響する。
症状:空咳、皮膚の乾燥、便秘。
*カラカラして空咳がでる。
寒邪(かんじゃ)
身体が冷えると陽気が衰え、寒気や手足の冷えが起きる。
症状:関節痛、腹痛、下痢。
*冷えて膝が痛む。
内因とは
東洋医学では病気の原因となる感情の変化を、怒、喜、思、悲、憂、恐、驚の7つに分類して、七情と呼びます。
「七情」(しちじょう):病気の原因となる7つの感情の変化
怒
怒りすぎると気は上がり、肝を傷つける。
気・血・津液を巡らせる肝の疏泄作用が失調して、それらが滞る。
症状:めまい、目の充血、不眠。
*怒って目が赤くなる。
喜
喜びすぎると気がゆるみ、心を傷つける。
心がつかさどる精神活動・思考活動に不調が現れる。
症状:集中力の低下、不眠、不安。
*喜びすぎて落ち着かない、眠れない。
思
思い、考えすぎると気が鬱結して脾を傷つける。
飲食物を運搬・消化する脾の運化作用が失調する。
症状:腹痛、食欲不振、軟便。
*考えすぎて食欲がわかない。
悲・憂
悲しみ、憂いがすぎると気が消えて、肺を傷つける。
肺が担う呼吸や免疫機能が失調する。
症状:咳、息切れ、ため息。
*クヨクヨしてため息が出る。
恐・驚
恐がりすぎると気が下がり、驚きすぎると気が乱れ、腎を傷つける。
腎が担う津液の代謝調節が失調する。
症状:大小便の失禁、白髪の増加、不眠。
*ビックリして失禁する。
これらの感情の変化は身体の許容範囲内であれば特に問題ないのですが、過度な変化になると関連する臓腑に影響を与え、不調を起こします。
人と異なる点は身体の大きさと飼い主さんとの関係の2つ
――なるほど、病気は6つの外からの敵と、7つの感情による身体内の異常から起こるという東洋医学の考え方は、とても新鮮な気がしました。このような考え方は、実際のペットの診療ではどのように活かされるのでしょうか?
金井先生 東洋医学的に病因を考えていく上で、人とペットとの大きな違いとして、外因では身体の大きさ、内因では飼い主さんとの関係の重要性が挙げられます。
外因
基本的にペットは人より身体が小さいため、地面からの距離が近く地面・床の熱さ、寒さの影響を受けやすいので室内の床の温度はもちろん、お散歩をするワンちゃんでは特に天候に注意を払う必要があります。
例えば真夏の暑い日の夕方、日が陰り少し涼しくなったと思い散歩に出て熱中症になってしまうことがあります。人が呼吸する地上1メートル以上の高さの温度が下がっても、ワンちゃんの呼吸する地上数10センチの高さではまだ熱気がこもっている場合があります。同様に寒い日、雨・雪の日も注意が必要です。
また体中を覆う体毛により暑邪、湿邪がこもりがちになるので、適切な温度・湿度といった飼育環境の管理、特に長毛のペットでは足回り、耳毛のカットなどの定期的なお手入れが必要でしょう。
内因
七情の変化には飼い主さんとの関係性、環境・家族構成の変化などが大きく影響します。
例えばコロナ禍で飼い主さんがリモートワークになって在宅時間が多くなった時、そのストレスに起因したと思われる消化器症状、不眠、精神不安などを起こしたペットが何例か受診されました。喜びすぎなのか、落ち着けなかったせいなのか、急な環境変化がストレスになったと考えられます。
新しいペットを迎えた、ご家庭で赤ちゃんが生まれた、逆に大好きなお兄さんお姉さんが進学、就職などで家を出た、引っ越しなどもペットにとっては大問題となります。
もちろんこういったことを考慮することは東洋医学的診療に限ったことではありませんが、東洋医学的診療では以前にもお話しした未病と呼ばれる病気の症状が出る前の段階、不定愁訴などに注意を払います。何か避けがたい変化が起きた場合には、早めにストレスを和らげるリラックス効果のある生活習慣、食事、漢方、マッサージなどを提案して養生を心がけます。
不定愁訴を感じて不安があっても、実際に病気じゃないと病院に行きづらいと思われる方がいらっしゃいます。東洋医学的診療を行う動物病院であれば日頃のケア、養生などでご提案できることもあるかと思いますので、お気軽にご相談ください。私が所属する日本ペット中医学研究会の会員病院(https://j-pcm.com/memberlist/list/)は日本全国にありますので、一度お近くの病院に問い合わせてみるのもいいでしょう。
――わかりました! ペットも大切な家族の一員ですから、東洋医学でもやはり信頼できる先生に診てもらいたいと思います。ありがとうございました。
これまで5回に分けてペットの東洋医学的診療の基礎知識を学んできた。これで何となく東洋医学・漢方に抵抗がなくなったところで、次回から具体的に病気に対して使われる漢方薬について紹介していく。こちらも金井先生には「世界一わかりやすく」とリクエストしているところ。次回も飼い主さんと同じ目線に立って、わかりやすさを主軸に紹介していきたい。
むつあい動物病院(https://www.mutsuai-ah.com/)院長
獣医師、博士(獣医学)、国際中医師
金井修一郎さん
ペットの東洋医学的診療
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取材・文/柿川鮎子 明治大学政経学部卒、新聞社を経てフリー。東京都動物愛護推進委員、愛玩動物飼養管理士1級。著書に『動物病院119番』(文春新書)、『犬の名医さん100人』(小学館ムック)、『極楽お不妊物語』(河出書房新社)ほか。