取材・文/柿川鮎子
漢方など東洋医学的診療の効果を実感される方は多く、ペットにも使いたいと希望する飼い主さんが増えています。今回はペットの診療に東洋医学的診療を取り入れている、むつあい動物病院・院長金井修一郎先生に、実際にどのような診療が行われているのかを聞いてみましょう。
ペットの東洋医学的診療は四診が基本
――前回の記事、東洋医学的診療を受ける時に飼い主さんが知っておくべきこと(https://serai.jp/living/1144573)では、東洋医学的診療では病気の診察をする時、四診という手法を使うと教えていただきました。具体的にどのように診察されるのでしょうか?
金井先生 東洋医学的診療の基本となる四診は、目で見る“望診(ぼうしん)”、耳で音を聞く・鼻で匂いを嗅ぐ “聞診(ぶんしん)”、口(対話)を用いて情報を得る“問診(もんしん)”、そして手で実際に触れる“切診(せっしん)”の4つを示します。
通常の西洋医学における診察では、問診、視診、触診、聴診などを行い、必要に応じて便・尿・血液などの検体検査、レントゲン検査、超音波検査、さらに内視鏡、CT、MRIなどの高度な検査が行われます。
東洋医学では特別な道具を用いずに、基本的には人の五官(「ごかん」は五感ではなく器官の官を使います)を医療機器の代わりに用いて診察を行います。
動物における四診
犬・猫における東洋医学的診療でもこの四診を用いますが、人とは異なる注意点がいくつかあります。
まず犬・猫では、人のように診察に協力はしてもらえません。お願いしても口を「アーン」とは開けないし、時に攻撃的に吠えたり、叫ぶことはあっても自分の病状については決して語ってくれません。また被毛に覆われている面積が多いため、顔色や肌の色がわかりづらく、人のように手を握っても鼓動は伝わりにくいです。そのため、後ろ足の付け根を押さえて脈を診る必要があります。
注意点を1つずつ挙げてみましょう。
1.望診
舌の色、形、苔の状態を観察する舌診が有名ですが、舌以外にも目に入る情報を注意深く観察します。診察室に入った瞬間から、もしくは病院に入った時から、顔つき、元気さ、歩き方、意識状態などの身体全体、さらに目、耳、皮膚などの局所の状態を確認します。
*犬・猫では肉球の状態のチェックも重要です。
2.聞診
耳で呼吸音、鳴き声などを聞く、鼻で口臭、体臭、排泄物などの匂いを嗅ぎます。
*西洋医学における聴診と似ていますが、嗅覚も用いて広く情報を集めます。
3.問診
人では患者さん自身に自覚症状を尋ねますが、動物では飼い主さんからの聞き取りしかできません。
*たまに、お子さんの代わりに保護者がお話しする小児科の診療と似ていると言われることがあります。
東洋医学的診療では飼い主さんへの質問の範囲が比較的広く、病状に関することはもちろん、食事、環境、飼い主さんとの関係性も重要なポイントとなります。
飼い主さんからしたらこんなことと思うようなことでも治療のヒントになることはあります。よく刑事ドラマで、思わぬ証言が事件解決の重要なポイントになることがあるように、何か気づかれたことがあったら小さなことでも、恥ずかしがらずに伝えてください。“ささいなこと大歓迎”です。
4.切診
身体全体を触って硬さ、熱さ、痛みなど何か違和感がないかを確認します。便秘の程度や尿の貯まり具合などがわかることがあります。
*触られるのを好む(虚:不足している)か、嫌がる(実:滞っている)かも大事なポイントになります。
*犬・猫の脈診:足(後肢)の付け根(内股)をにぎり、脈の速さ(心拍数)のみならず脈の強さ・深さなどを観察して病態を把握します。
ペットの診察に重要な肉球
――人には「舌を出して」と言えますが、犬や猫は舌を出してもらうことが難しいです。舌の代わりに肉球などで診察はできないのでしょうか?
金井先生 舌診については、診察室で中々「ベー」と舌を出してくれないので、お家でリラックスしているときに撮影した舌の写真があると助かります。
犬・猫において肉球診断は大変有益な検査項目です。外観をみる望診に加え、温かさ、潤い、弾力(切診)また匂い(聞診)なども確かめ評価します。次に一例を挙げます。
上の写真は、高齢で衰弱した猫の肉球診断の様子です。上段(Before)の肉球は、冷たくシワシワで弾力が無く(切診)暗い紫色(望診)でした。
弁証(病気の診断)は、気血両虚(きけつりょうきょ:冷たくて張りが無い、気・血の不足)、瘀血(おけつ:紫色、血が滞っている)としました。
治則(治療方針)は補気・補血(温めて補う)、活血化瘀(かっけつかお:血を巡らせる)と考えて、十全大補湯(じゅうぜんだいほとう:補う漢方薬)と桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん:血の巡りを良くする漢方薬)を用いたところ下段(After)のように改善がみられました。
*これは解釈の一例で、弁証・治則は術者(中医師等)により異なるかもしれません。
さらに肉球診断にご興味のある方は、中医学的肉球チェック(https://j-pcm.com/lp/nikukyuu/q.html)を参考にしてみてください。
東洋医学の治療方針「治則」について
――四診でどの部分が病気なのかを調べ、異常が分かった後はどのように治療方針を立てるのでしょうか? 例えば、人間の場合だと、血糖値を測って血中の糖度が高くて糖尿病と診断されれば、血糖値を下げる薬を処方されたりします。治療方針は「血糖値が標準域に下がるまで」です。東洋医学的診療では四診から病名を導いた後、どのように治療方針を立てるのでしょうか。
金井先生 基本的には四診から弁証(病気の診断)を行い、治療方針を立てます。治療の効果は、その後の定期的な四診からの弁証により評価します。すなわち四肢の温かさ、舌の色、脈の強さ、匂いなどがどう変化したのかを前回の弁証と比較して治療効果の有無を考え、治療の継続、変更などを検討します。
私は東洋医学的診療のみではなく西洋医学的診療を併用した診療を行っておりますので、血液検査の数値の変化なども参考にして治療を進めております。診療の東洋、西洋にこだわらず、“うちの子”に有益な診療法を上手に使うことが良いと思っております。
質問の例にあげられた糖尿病など、すでに病名が確定している例では、西洋医学的診療を優先すべきケースが多いかもしれません。ただし、治療中の体力低下・消化器症状などへの補助的治療として、東洋医学的診療が役立つことも大いに期待できます。
養生としての漢方でつらい病気から体を守る
――治療方針に関してですが、具体的に漢方を処方するなどの治療に至らず「様子を見る」という治療方針はありますか? また、治療はしないけれど、フードを違うものに変えるなどの生活環境を変えることも東洋医学的診療における「治療」と言ってよいのでしょうか?
金井先生 実際に病気で何らかの症状、不具合がある場合は適切な漢方の処方を検討しますが、確かにまだ投薬は必要ないケースもあります。ただし様子を見ているだけで良いのか、何らかの対策を始めた方が良いのかは四診の結果から考えていきます。
東洋医学では未病を治すことを重要視します。すなわち、いずれ病気になりそうな兆しを早めに見つけ、実際に病気になる前に手を打つことが良いとされます(未病先防)。
未病のタイプによっては、特に漢方は処方せず食事や生活習慣の見直しだけでも大いに役立つケースがあります。睡眠や運動の習慣、取り巻く環境の整備によりストレスが軽減されて、体調が良くなることは人にも共通することではないでしょうか。
養生としての漢方を早めにはじめた方が良いケースもありますので、大事な“うちの子”の状態がどうなのかは一度確認しておくと良いでしょう。ご興味のある方は、日本ペット中医学研究会のプチワンニャンドック(https://j-pcm.com/lp/petitwannyandock/)も参考にしてください。
東洋医学的治療とはどんなものか
――治療方針を決めた後、治療に入りますが、東洋医学的診療では具体的にどのような治療方法がありますか?
金井先生 いろいろなアプローチがありますが、代表的なものを順に紹介していきましょう。
1)漢方
人で長い年月をかけて分類されてきた様々な漢方薬がありますが、動物にもその状態に応じて用います。人用の医療用漢方製剤などを用いる場合は、動物における研究報告や治療データを参考にして処方します。動物用の漢方サプリも開発されており、こちらを用いるケースも増えております。
2)鍼灸治療
犬・猫においても人に準じた経穴(けいけつ:つぼのこと)が研究されており、症状に応じて鍼灸治療を行います。適切な経穴を用いて施術を行った場合、治療効果が得られるケースは少なくありません。ご自身が鍼灸治療を受けて効果を実感されている飼い主さんほど、犬・猫への鍼灸治療を希望されるケースが多い印象があります。
3)その他
食事(体質、季節に合ったもの)、環境、生活習慣、運動などを、四診から得られた情報を参考にして、気を遣ってゆくことも大事な治療につながります。薬膳スープ、ご自宅でのマッサージ(診察時に作り方、手法をお伝えしています)もおすすめです。
“うちの子”のささいな変化を見逃さない
――東洋医学的診療で正しく治療をするために、飼い主さんがやっておくべきことなどアドバイスがあれば教えてください。
金井先生 日頃から“うちの子”の状態はもちろん、取り巻く環境の変化などにも注意しておいて、何か異変に気づかれたら舌・排泄物の写真、歩き方・呼吸状態・神経症状(発作)の動画、気になる行動を起こした回数を記録したメモなどをお持ちいただけると役に立ちます。
また毎日一緒にいる飼い主さんだからこそ、逆に気づきにくい変化もあります。たまに合う知人やお散歩友達の第三者目線の指摘が役立つこともありますので、聞いておくのも良いでしょう。
これらは東洋医学に限らず通常の診療においても大事なことですが、東洋医学的診療では舌の色、目の輝き、毛ヅヤ、力強さ、ご機嫌、身体の温かさ、匂いなどなど細かなことまで参考にします。
金井先生 同じ研究会の先生の報告で興味深かった例では、漢方を使って関節炎やお腹の治療などをしていた何例かの子で調子が良くなってきたら「いびき」が減ったと言われた、というものがありました。今まであまり気にしていなかったけど調子が良くなりスヤスヤと静かに寝るようになり、そう言えば最近「いびき」しないねと気がつかれたそうです。これは、気の巡りや水分バランスなどが改善された結果だと考えられます。
「げっぷ」や「おなら」がよく出る、臭いなどの身体が発するサイン、ちょっとした変化も診断の大きな助けになることがあります。「こんなこと言って変かしら?」とか「ささいなことなのに大丈夫?」と心配せず、何でも言ってみてください。
最後にもう一度、東洋医学的診療では“ささいなこと大歓迎”です。
東洋医学的診療を受ける動物病院をお探しの方は、ペット中医学研究会会員病院リスト(https://j-pcm.com/memberlist)を参考にしてください。
――ありがとうございました!
分かりにくく、とっつきにくいと感じられたペットの東洋医学。四診の理解が進むと、うちの子を病気から守ってくれる、とても便利な武器に見えてきました。世界一わかりやすいペットの東洋医学、次回は西洋医学のアプローチとは違う、人間を自然の一部と考える五行に関する考え方について教えていただきます。
むつあい動物病院(https://www.mutsuai-ah.com/)院長
獣医師、博士(獣医学)、国際中医師
金井修一郎 さん
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ペットに漢方薬を処方したい飼い主さんのための「東洋医学的診療」のポイント:https://serai.jp/living/1131127
東洋医学的診療を受ける時に飼い主さんが知っておくべきこと【ペットの東洋医学的診療・漢方】:https://serai.jp/living/1144573
取材・文/柿川鮎子 明治大学政経学部卒、新聞社を経てフリー。東京都動物愛護推進委員、東京都動物園ボランティア、愛玩動物飼養管理士1級。著書に『動物病院119番』(文春新書)、『犬の名医さん100人』(小学館ムック)、『極楽お不妊物語』(河出書房新社)ほか。