取材・文/柿川鮎子
東洋医学の診療は、西洋医学とは全く異なる考え方で治療法を導き出します。その診療の基本的な考え方の一つが五行学説で、あらゆるものは木・火・土・金・水の5つの要素から成り立っているというものです。
“五行学説”とは? 何となく聞いたことはあるけど、実はあまり分からない方も多くいらっしゃると思います。私もその一人。今回は、むつあい動物病院院長・獣医学博士・国際中医師の金井修一郎先生に「世界一わかりやすいペットの五行」を教えていただきましょう! 先生、よろしくお願いします。
五行って、そもそも何のこと?
――五行の5つの要素について簡単に教えてください。
金井先生 五行では、自然界に存在するすべてのものは、『木・火・土・金・水』の5つの要素から成り立っていると考えます。それぞれの性質は以下の通りとなります。
各要素の性質
木:成長・発散(樹木のように成長し、伸びていく様子)
火:炎上・上昇(炎のように燃え上がり、上昇していく様子)
土:生成・発育(大地のように作物を生成し、育てる様子)
金:清涼感・清潔(金属のように冷たく、清潔な様子)
水:寒冷・下降(流水のように冷やし、下降する様子)
“五行学説”ではこの5つの要素が、お互いの性質を助け合ったり、打ち消し合ったりすることでバランスを保っていると考えます。
――五行は、陰陽学説と関係はあるのですか?
金井先生 以前お話しした“陰陽学説”は、あらゆるものは陰と陽の2つに分けられるというものでした。この“五行学説”では、木、火、土、金、水の5つに分けます。どちらも、あらゆるものを分類・グループ化し、その性質に適した対処を行なう合理的な考え方といえます。
陰陽五行学説はイメージで理解できる
金井先生 私たちが日常使う一週間の曜日の名前のうち日と月、すなわち陽と陰を抜いた残りの火・水・木・金・土(曜日)の5つの文字が五行の要素に一致します(一週間の由来は西洋占星術や天文学なので、東洋医学と本来の意味合いは異なります)。
“五行学説”の基本的な考え方として、親子のように何かが何かを生じさせる、「相生(そうせい)」というものがあります。
上の右図を時計回りにご覧下さい。
(1)木→火 木は燃えて火を生む
(2)火→土 火は燃えて灰と土が生じる
(3)土→金 土の中から金属類が産出する
(4)金→水 金属は表面に水を生じさせる
(5)水→木 水は木を育てる
私は(3)、(4)の金と水に関する部分がピンとこなかったのですが、金山で土の中から金を掘り出して、その周りには地下水がたまり、その水が植物を育てるといった様子をイメージしてみました。
この五行の木・火・土・金・水の並び順は、一週間の曜日順に慣れていると戸惑うかもしれません。
漢方や東洋医学の勉強をされる方は、まず“もっかどこんすい”と覚えます。興味がある方は、何回か唱えてみてください。
――なるほど! この「もっかどこんすい」とは、そういう「順番」なのですね!
金井先生 上の図は五行、五季、五臓の関係です。
木―春―肝
春:春に草木が生え始め、上や外に伸びる様子。
肝:木の成長のように、全身に気を巡らせる。
火―夏―心
夏:夏の暑さのように火が燃え盛る様子。
心:熱い血を巡らせる。
土―土用―脾
土用:土用(季節の変わり目)に雨が降り、湿度により土から植物を生み出す。
脾:消化機能により身体の生成・発育に関わる。
金―秋―肺
秋:秋に涼しくなり、ひんやりとした金属のイメージ。
肺:バリア機能により身体を清潔に保つ。
水―冬―腎
冬:冬に寒くなり、水がすべてを潤し、上から下へ流れる様子。
腎:水分(体液)の調整をする。
五行の要素に関しては歴史が古いだけあって、様々な捉え方・解説があります。
知っているようで意外と知らない五臓とは
――五行につづいて、五臓六腑でおなじみの五臓ですが、そもそもどんなものですか?
金井先生 東洋医学の五臓は、類似した名称の西洋医学の臓器と(働きが重なる部分はありますが)異なります。東洋医学的な働きから考えると下記のように分類することができます。聞き慣れない単語も説明のために使いますが、大まかに意味を捉えてください。
肝:血の貯蔵、精神の安定(自律神経のような働き)
蔵血(ぞうけつ)・・・全身に血を行き渡らせる、血を貯蔵する。
疏泄(そせつ)・・・全身の気や血をスムーズに流す。
心:血の循環、意識や思考のコントロール(精神活動を担う)
主血脈(しゅけつみゃく)・・・血を全身に運搬する。
蔵神(ぞうしん)・・・精神活動(ココロの働き)を支える。
脾:消化と栄養の運搬(消化機能)
*西洋医学的には脾臓というより胃腸・膵臓などにあたる。
主運化(しゅうんか)・・・消化吸収をおこない、気血津液を作り全身に運搬する。
肺:気のコントロール、体表のバリア(呼吸機能)
主呼吸(しゅこきゅう)・・・呼吸をすることで汚れた気を排出し、外からきれいな気を取り込む。
通調水道(つうちょうすいどう)・・・津液を全身に行き渡らせる。
腎:体液の調整、身体のエネルギー(生殖機能)
主水(しゅすい)・・・全身を巡った津液を再吸収・リサイクルして不用なものを膀胱に運び尿にする。
蔵精(ぞうせい)・・・両親から受け継いだ先天の精を蓄える。
――五行では、どんなものでも五つに分類するのですか?
金井先生 診療で参考になるのが下図の分類で、それぞれの臓に関連する腑や感覚器官を理解することが診療に大いに役立ちます。表の縦の列を上から見ていって、何となく関連を感じるか所はありますか?
例えば肝の不調に関連して、胆や目も調子が悪くなり、筋がつる、爪が割れる、イライラして怒りやすくなる、などの現象が現れることを示します。
五臓:肝、心、脾、肺、腎で、西洋医学的な実質臓器の名称が当たります。
五腑:胆、小腸、胃、大腸、膀胱で、飲食物を受け入れ、消化するはたらきがある管腔臓器(袋状のもの)を示します。
*五臓六腑という場合、腑には東洋医学独自の三焦と呼ばれる、気と水の通り道にあたるものも含みます。
五官、五主、五液、五華はそれぞれの五臓に関連する体の部位など、五志は五臓に関連して影響を受ける感情です。
――これが五行の関係を示す表なのですね。なるほど肝と胆、心と脈、胃と口、肺と鼻、腎と膀胱などは何となく関連する気がします。これがペットの身体にはどう当てはまるのでしょうか?
金井先生 内臓は、外から目で見ても異常を検知できません。この内臓の不調が、体表でどの部位に繋がっているかを東洋医学では経験的に分析してきました。その結果、前述のように肝が悪いと目や爪に影響が出る、また腎が悪いと耳や髪に影響が出る、といったことがわかるようになってきたのです。
東洋医学的診療を行う獣医師は五感を用いる四診によって身体の状態を調べ、どこの内臓に不調があるかを推察検討し、西洋医学的検査と合わせて総合的にペットの病気の状況・位置などを判断して治療を行ないます。
具体的なペットの診療と五行を知ろう
金井先生 五臓の主な働き、その失調とペットの診療への考え方などをご紹介します。
<肝>
蔵血(血を行き渡らせる、貯蔵する)に異常がある子ではドライアイ、爪が薄く割れやすい、筋肉が細く、つったり痺れやすい等の症状が出ます。
疏泄(気や血の巡り)に異常がある子はイライラ・怒りっぽい傾向と共に目が血走り充血したり、緊張や興奮によって筋肉が硬くなり痛みやコリが生じることがあります。
蔵血の失調には肝血(肝の栄養)を補う。疏泄の失調には肝気(肝の気の巡り)を整える(リラックスさせて巡りを良くする)ケアを行ないます。
<心>
主血脈(血の運搬)に不調がある子は不整脈がみられたり、舌が紫色になっていることがあります。
蔵神(精神活動:ココロの働き)の失調のある子では、飼い主と離れることを極端に嫌う分離不安、物音や来客が極端に怖がる、不安や興奮で眠れない、ストレスに反応して発作が起きることがあります。
メンタルの問題も東洋医学では心の問題と捉えて、心のケアを行なうことがあります。
<脾>
主運化(消化機能)の不調のある子では、食欲不振、嘔吐、下痢などが起きやすいです。
また、食べるのに体重が増えない、食べすぎてぶよぶよしている・痩せられない、栄養が足らずにフラフラして元気がない、なども脾の不調と考えられます。
消化器の不調は食習慣や運動、ストレスなどによるものも多いので、原因となる要素を減らしていくことが重要です。
<肺>
主呼吸(呼吸機能)がうまくいかない子では体の防御がうまくできません。
散歩の距離が減りすぐゼエゼエする、慢性の咳、感染症にかかりやすい、痰や鼻水がみられる子では肺の不調を疑います。
肺の不調には、乾燥や疲労に気を付けることが大切です。
<腎>
主水(水分代謝の調節)に不調がある子は泌尿器系のトラブルを起こします。
また、腎は生命力の源で、生殖、発育、老化などに関わる働きをもちます。
加齢により腎が衰えて様々な老化現象がおきますが、腎をケアすることで、筋力・聴力・視力などの低下を緩やかにすることができます。
子犬・子猫の発育不良などは、“先天の精” (持って生まれた腎)が不足しているので、幼少期からの腎のケアが有効です。
以前、四診の回(【獣医学博士に聞いた!】世界一わかりやすい、ペットの東洋医学的診療の「四診」とは https://serai.jp/living/1158528)にも申し上げましたが、ペットは人と異なり自分で症状の説明をしてくれません。自覚症状の聞き取りが出来ない分、五感から得られた言葉以外の情報を東洋医学的診療で分析して、さらに五行との関連も考えることは病態の多角的な理解に役立ちます。
おさえておきたい相生・相剋
――なるほど、五臓の主な働きとペットの診療、とてもわかりやすいです。
金井先生 五行は互いに助け合ったり、抑制し合うことでバランスをとると言いましたが、助け合うことを「相生」、抑制するはたらきを「相剋(そうこく)」と言います。
相生:白い矢印の部分。前述したように次の物事を生み出す、助ける関係です。
相剋:黒い矢印の部分。次の物事を抑制する関係です。水が火を消す(水→火)、火が金属を溶かす(火→金)意味を表します。
五行の関係を東洋医学的診療に生かす
金井先生 五行の関係を東洋医学的診療に生かしたわかりやすい例を紹介しましょう。例えば心(火)が弱っているとき、上図において相生(生み出す)関係で親に当たる肝(木)を整えることが心の改善につながると考えます。火が弱すぎたら、燃やす木をふやす。すなわち気の巡りを整えるなどして肝を養うことで心の状態が良くなるというものです。
逆に心の状態が亢進しているときには、相剋(抑制する)関係にある腎(水)の状態を整えて心の状態を適正に抑える。
火が燃えすぎなら、水を足して適度な燃え方に調整する。腎の機能を整えて心の亢進を抑える。といった考えを基本に治療に役立てていきます。
また、これ以外にも、五行には強いものが弱いものを抑える「相乗(そうじょう)」、さらに弱いものが強くなって強いものを抑制する「相侮(そうぶ)」といった関係もあります。
五行の知識、関係をうまくペットの診療に生かすことが出来れば、治療の選択肢が広がることが期待できます。
さらにペットの東洋医学的な診療についてご興味のある方は、日本ペット中医学研究会のホームページ(https://j-pcm.com)にて、実際の診療の流れ、体験談、東洋医学的診療の受診が可能な全国の動物病院の情報など、ご覧になってみてください。
――ありがとうございました。
むつあい動物病院(https://www.mutsuai-ah.com/)院長
獣医師、博士(獣医学)、国際中医師
金井修一郎さん
ペットの東洋医学的診療
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取材・文/柿川鮎子 明治大学政経学部卒、新聞社を経てフリー。東京都動物愛護推進委員、愛玩動物飼養管理士1級。著書に『動物病院119番』(文春新書)、『犬の名医さん100人』(小学館ムック)、『極楽お不妊物語』(河出書房新社)ほか。