厚生労働省が2023年に発表した『令和4年簡易生命表』によると、男の平均寿命は 81.05 年、女の平均寿命は87.09年だった。いずれも前年と比較して男は 0.42年、女は0.49 年、平均寿命が短くなっている。とはいえ、人生は長い。60歳で定年退職した場合、20年以上の余生がある。これをどう過ごすかが問題だ。
「定年後ってそんなに金は要らない。子供もいないし、欲望だってない。そういうことを考えると、ほどほどに長く稼げて、楽なところがいいと思い、シルバー人材センターに登録してから、人生が変わった」とは東京郊外に住む仁志さん(70歳)だ。60歳で勤務していた建設会社を定年退職し、介護用品リース会社でシルバー人材として働いていたが、現在は「お坊さん」としての肩書も加わった。
【これまでの経緯は前編で】
理系の自分がまさか「お坊さん」になるとは……
仁志さんはそれまで、お坊さんというのは寺の家に生まれて、仏教系の大学に進学して家を継ぐ人が多いのだと思っていたのだそう。
「もちろん、禅宗のように自ら門をたたき、極寒と酷暑の中で命がけの修行をする人もいることは知っていました。そういう道以外にないと思ったら、思った以上に宗派は多く、お坊さんになるには道がたくさんある。この世界はフレキシブルだと知ったんです」
少子高齢化や、多様性の流れもあり、跡取りがいない寺院は少なくない。そこで注目されるのが、定年退職した人々だ。社会人として多様な経験を重ねて、人間的にも円熟している人材だと注目を集めている。
実際に、京都市右京区にある臨済宗妙心寺派は2013年から定年退職した人の出家を支援する「第二の人生プロジェクト」を行っている。ほかの宗派も調べてみると、社会人向けのオンラインの専門講座が用意されているところが多い。仏を信じ、人の心のよりどころになる仕事だ。寺院の数も国内に約7万6000寺(文部科学省『宗教統計調査』〈2023年12月発表〉)ある。これはコンビニエンスストアの約5万5000店(一社日本フランチャイズチェーン協会『コンビニエンスストア統計調査月報』〈2023年12月〉) よりも多い。
仁志さんは、介護レンタル会社の仕事の合間を縫い、週2~3日、住職さんの仕事をサポート。その後、宗派が主催するペーパーテストを受けた。もともと、試験勉強が得意な仁志さんは合格する。
「出題内容は、その宗派の考え方や教義についてでした。まさか理系の自分がお坊さんの試験を受けるなんて、なんだか不思議な感じがしました。合格後は、まかりなりにも、お坊さんという、あの世とこの世の橋渡しをする人の末席に加えていただいたのだから、“よく生きよう”という気持ちは出てくるんですよ。ただ、信仰心となると別の話です。手続き上、僧籍は得たものの、読経も下手だし、お話も得意ではない」
それから数年経過した現在も、仕事は住職さんの手伝いだ。
「お坊さんを仕事にするか、お坊さんとして生きるかの二つの道がある。僕の場合“どっちつかず”なんです。僕にとって、住職さんは“師僧”であり、仕事をサポートする範囲から出たくない。給料は時給のままにしてもらっています。そうしているのは、僕には深い信仰心がないから。そんな僕が亡くなった方にお経をあげても、ありがたくもなんともないし、来てくださる方の心に応えられないと思ったからです」
ただ、コロナ禍以降、後継者不足で、一人の住職さんが、別のお寺を管轄している例が増えているとか。
「若い頃なら、“死んだら無になるのだから、お寺は要らないのでは”と思っていたのですが、両親や友人を亡くし、自分も死に近づき、確かに“あの世の世界はある”と思うようになりました。だから、お寺は必要だと思っている。生きている私たちの依り代のようなものだと思うのです」
【人生は死ぬまで修行するんだな……と感じた。次のページに続きます】