文/鈴木拓也
最近よく聞く言葉に「ウェルビーイング(Well-being)」がある。
これは、身体的、精神的、社会的、経済的に健康で満たされた状態という概念で、日本語の「幸福」に近い。
それに「ファイナンシャル」をつなげた、「ファイナンシャル・ウェルビーイング」という言葉もある。こちらは、個人の経済状況にフォーカスしたもので、「幸福にはお金が重要」という考えが反映されている。
このファイナンシャル・ウェルビーイングの視点で、幸福を高める生き方を提唱しているのは、ファイナンシャルプランナーの山崎俊輔さんだ。
ともすれば、われわれ日本人は、お金と幸福を結びつけることに腰が引けがち。それに対し、山崎さんは、両者の関係を真剣に考えるべきだと、著書『ファイナンシャル・ウェルビーイング ~幸せになる人のお金の考え方~』(青春出版社)で力説している。
高齢者になったら幸せを買う
お金と幸福――この難しいテーマについて、山崎さんが本書で語る内容は多岐にわたるが、その1つに「『幸せを買える』高齢者になろう」というものがある。
若いうちは、使えるお金は乏しくとも、新鮮に感じる体験が多く、それが生涯に残る幸せの思い出となる。それが、さまざまな経験をしながら年を重ねていくうちに、何にお金を使っても新味が薄れ、幸福は感じにくくなる。
その点をふまえ山崎さんは、「幸せを買う」意識の必要性を説く。それは決して難しい話ではない。
ウェルビーイングをお金で買い集める、というくらいの発想を持っていいのです。
「孫に会いたいから庭にバーベキューできる道具を買って用意した」「残された時間で、まだ一度も見たことがない風景を見たいから。国内の世界遺産めぐりをしよう」でいいのです。
(本書38pより)
持つべき視点は、そうしたお金の使い方で満足や感動が得られるか。かつては浪費となるかもしれなかったその消費活動が、もしかしたら現在の自分のウェルビーイングを引き上げるかもしれない。
自分で引退年齢を決める
言うまでもなく、お金と働くことは不可分の関係にある。これについて山崎さんは、65歳前後の出処進退が、人生を通じたウェルビーイングを決定づけると強調する。
現在の法律では、60歳が定年であり、希望者は65歳まで継続雇用する義務が企業にはある。65歳といえば、公的年金の受給開始年齢にあたる。公的年金は、それより早くにもらい始めることも、最大75歳まで引き延ばすこともできる。継続雇用を希望するのかしないのか、公的年金はいつからもらい始めるべきか、大きな決断を迫られる年代だ。
これに関して山崎さんは、「自分で引退年齢を決めれば、仕事からのウェルビーイングが大きく上昇する」と、ヒントを与えてくれる。つまり、「65歳まで雇ってもらおうかな、どうしようかな……」のような中途半端な気持ちではなく、
「65歳でスッパリ辞めてやりたいことをやる(そのための経済的算段はつける)」
「70歳まで働いてもいいけど、65歳以上、実際働くかは条件次第だな(だって年金はもらえるし)」
といったスタンス。定年まで仕方ないから働くというのは不幸だが、その逆の姿勢は幸せな感情をもたらし、50歳代の働き方にもプラスの変化をもたらすと記している。
また、65歳を過ぎてからの働き方については、年収は72万円にとどめ、幸せ優先で働くことをもすすめられている。日常生活のやりくりは公的年金でまかない、プラスアルファで趣味などにかける月々のお金約6万円は働いて捻出するという働き方だ。この金額であれば、たとえ体力面に衰えを感じていても、さほど無理せず稼げる。
これをさらに一歩進めた、「お金はいらないので、働きがいだけもらう」という方法も提案されている。例えば、資金的な余力のないNPOの仕事の手伝いをして、交通費だけもらうといったものだ。社会貢献に関心があるなら、これもアリだろう。
いつもの買い物でウェルビーイングを高める方法
山崎さんは、日々の生活の出費にもメスを入れる。
といっても、家計を見直して、とにかく倹約という話ではなく「満足を買う」という発想。食料品や日常生活品を購入しても、もはや当たり前すぎて、そこには満足感も感動もない。しかし、感情を揺り動かし、ウェルビーイングを高める買い方はあると説く。
ドラッグストアでの「いつもの」買い物はやめてみましょう。トイレットペーパーもシャンプーも、いつもと違うものを買ってみます。
安いものを買って「実は安くても満足度は変わらないのか!」と明らかにするのもよし、ちょっと高い商品をセレクトして「いつもより100円高いものを買ったらこんなに品質が変わるのか!」のようなパターンでもいいでしょう。(本書113pより)
この考え方で山崎さん自身は、1か月半に1回の頻度で買い替える1,000円の歯ブラシを愛用している。「『つまらない時間』をちょっと気持ちよくする」のに役立っているそうだ。
また、ウェルビーイングの観点では節約にも一理あり、まず「コスト削減」自体が快をもたらすという。そして、より安くてもクオリティは同等の商品に出合ったときは、さらにウェルビーイングを高めるとも。くわえて、「楽しむマインド」を持って、知的にコストカットに取り組むのもいいそうだ。
逆に、出ていくお金は抑えたが、買った商品の満足度も落ちた場合、ウェルビーイングは下がるので注意が必要。「食費を減らしたいから、マズくても安いものを選ぶ」という考えは、たしかに幸福にはつながりそうにない。
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特に定年前後は、お金の不安要素はつきないもの。しかし、「お金さえあれば万事解決」とはならないことは、誰しも理解していることだろう。本書は、そうした不安感に光をあてる格好の1冊として一読をすすめたい。
【今日の幸せな暮らしに役立つ1冊】
『ファイナンシャル・ウェルビーイング ~幸せになる人のお金の考え方~』
文/鈴木拓也
老舗翻訳会社役員を退任後、フリーライターとなる。趣味は神社仏閣・秘境めぐりで、撮った写真をInstagram(https://www.instagram.com/happysuzuki/)に掲載している。