文/鈴木拓也
喋ることは高齢者の生命線
私事で恐縮だが、今年85歳になる両親は、身体はともかく認知機能については健康そのもの。
たまに帰省するたびに、「その頭の元気ぶりは、何のおかげか」と不思議に思っていた。
ある時、「会話が絶えないからでは?」だと、ふと気づく。この老夫婦は、互いによくしゃべる。馬齢を重ねた不肖の息子がいるときは、さかんに昔話や時事ネタを振ってくる。それで辟易するくらいだが、おそらく喋ることが脳の刺激になり、ボケを遠ざけているのだろうと、そこは我慢している。
「まさに喋ることは高齢者の生命線」と説くのは、フリーアナウンサーの南美希子さんだ。南さんは、著書『「老けない人」ほどよく喋る―健康長寿のカギは話し方にあった―』(ワニブックスPLUS新書)で、シニア層が会話することの効用を縦横無尽に書いていてためになる。とても面白かったので、内容の一部を紹介してみよう。
相手を極力褒めよう
喋ることが脳の老化防止になると言っても、人間関係があっての話。相手を不機嫌にさせるような話し方ばかりしていては、話し相手を失って孤立化一直線だ。
南さんが、かつて仕事と育児で多忙を極めた頃、心がささくれ立って夫に不平不満をぶつけた経験を打ち明ける。売り言葉に買い言葉で夫婦喧嘩に発展することもあったそうだが、南さんはある発見をする。
「こっちは忙しいんだからさ、ゴミくらい捨ててよ。まったく、もう」
この物言いでは争いを誘発しているのは明らかです。
「この前、ゴミを捨ててくれてありがとう。お陰で助かったわ。今日もお願い」
こう言えば争いも起きず、こちらの要求もスムーズに通ることを発見したのです。(本書19pより)
この「発見」以降、南さんは、夫とのやり取りに「ありがとう」「お陰で」「助かるわ」を含めるようにして仲を取り戻す。
ポイントを一言でいえば「褒める」。過ぎたお世辞はダメだが、他者とのコミュニケーションでは、「極力褒めましょう」と、南さんは力説する。
医学的に見ても、相手に喜びを与えることは、相手から感謝の報酬をもたらし、それは自身の「脳を活性化」させるという。「褒める」ことは、相手の気分を良くするだけでなく、自分にとってもプラスになるわけだ。
新聞をくまなく読んで話題をストックする
南さんによれば、初対面の人との会話で、「何を話していいのか話題が見つからない」という人は、とても多いという。
リタイアした後は、出席しなければいけない会合や宴席の機会は減って、そんな悩みと直面せずにすむかもしれない。
だが、他者との交流を自ら遠ざけると、「ただでさえ進行中の退化や老化をより加速」させると、南さんは指摘する。
そこで勧められているのが、「新聞を1紙くまなく読むこと」。それは、「興味を持った箇所だけで十分」だが、それでも結構な分量だしトピックは多岐にわたる。
だからメリットも大きく、そのうち初めての人との雑談で話題探しに苦にならなくなる。積み重ねていけば、こんな効用も。
また、誰かに話すことにより、その話題はだんだんブラッシュアップされていきます。つまり、人に話すことによって、話のポイントが整理できたり、数字や人の名前も記憶として定着してくるのです。別の人に話す時は、その前の人に受けた部分を膨らましてみる、あるいはやめた方がよかったなと思う部分は削る、そんな編集をしてみるのもいいかもしれません。(本書62pより)
南さんは、優れた話し手は「『読み・書き・話す』のバランスが取れた人」だとも記している。ハードルは高いかもしれないが、その点は肝に銘じておくべきだろう。
自己紹介やスピーチはひな形を作っておく
人との交流を増やしていくと、おのずと自己紹介をする機会も増える。が、これが苦手という人もまた多い。
自己紹介文については、ひな形を作っておくことを南さんは勧めている。意外と盲点になるのが、最初に述べる自分の氏名だ。「皆に名前を覚えてもらう工夫をしましょう」と、南さんは、ご自身の体験談を挙げる。
整体院の受付に新しい女性が入った時、「ササゴと申します。笹子トンネルと漢字も一緒です」、そう自己紹介され、彼女の名前は即座に覚えました。私自身ある時期、笹子トンネルをよく使っていたので、まさに絶妙な紐づけでした。できるだけインパクトのある紐づけが効果的です。
名前の漢字が難しい場合、偉人を例にとったり、漢字の説明をしてとにかく覚えてもらうことです。(本書149pより)
自己紹介の時間は1分を目安に。原稿用紙にして1枚ぐらいとなる。3分までの長いバージョンのひな形を作っておくのもいい。いずれにしても、自己紹介で避けるべきは「ありきたりなこと」と「自慢」。好まれるのは「失敗談」や「意外な素顔」。ここぞとばかりに自慢をするより、印象的な失敗に触れたほうが、よほど相手に好い印象を与える。
結婚式などでのスピーチ原稿も、原稿用紙に書いておくのがいいそうだ。スピーチ上手な人ほど、即興に走らず、事前の準備はしているものだという。話す時間は3分を上限に、「センテンス(文章)を短く」し、原稿を何度も読んで練習をしておく。話し方で、なかなか改善しにくいクセなどあれば、それは個性と割り切る。なにより、中身がしっかりしていることが重要だとも。
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南さんは最後のほうで、「人の幸せは詰まるところ、他者との関わりの中に生まれてくる」と締めくくるが、その「関わり」は会話によってしか築けない。定年退職後、会話が減ったという方にぜひ読んでほしい1冊だ。
【今日の健康に良い1冊】
『「老けない人」ほどよく喋る
―健康長寿のカギは話し方にあった―』
文/鈴木拓也 老舗翻訳会社役員を退任後、フリーライターとなる。趣味は神社仏閣・秘境めぐりで、撮った映像をYouTubeに掲載している。