ライターI(以下I):『どうする家康』では家康(演・松本潤)と武田信玄(演・阿部寛)の攻防が熱く展開されています。本作では、僧体で髭をたくわえた濃厚な信玄の姿がインパクト大です。
編集者A(以下A):阿部寛さんの信玄を見ていて、1995年の大河ドラマ『八代将軍吉宗』で大河デビューした時の映像がたびたび頭の中に浮かんでくるのですよ。当時阿部さんが演じたのは、享保の改革で辣腕を振るった老中松平乗邑(のりさと)。実直で凛とした姿が印象に残っているんですよね。
I:もう28年も前のことになるのですね。
A:阿部さんは、その後も『元禄繚乱』(1999年)で堀部安兵衛、『義経』(2005年)で平知盛、『天地人』(2009年)で上杉謙信と、なぜだか見る人の記憶に刻まれる演技をみせてくれました(※2003年の『MUSASHI』にも出演)。今振り返ると、演技のアップデートも凄いですし、その存在感が心に残るんですよね。
I:今回の大河出演は2009年以来だそうですが、力のこもった渾身の演技、微妙な表情や些細な所作に至るまで、ほんとうに魅せられますよね。そんなことを考えていたら、阿部寛さんからコメントが寄せられました。まずは「武田信玄をどのような人物と捉えて演じられていますか」という質問に対する答えをどうぞ。
武田信玄といえば、甲斐の山奥にいる、圧倒的な強さをもった武将です。家康にとってかなりの存在感があっただろうし、家康は信玄との戦いの中で戦術も人間性も含めて多くを学び、成長していくのです。今回の大河ドラマの信玄の役割としては、家康にとっての超えられない壁であること。その役目を全うしたいと思っています。そして演じる上では、完璧で神がかった人というよりも、人間らしい面もだせるよう意識しています。
A:重要な役柄を数多く演じて来ただけあって、重厚な響きを感じますね。そして、ベテランの域に達してなお、役作りに真摯に取り組んでいることも明かしてくれました。
クランクイン前は、オンデマンドで大河ドラマ『天と地と』(1969年)の高橋幸治さんのをはじめ、信玄が出てくる過去作品を中心にいくつか拝見しました。実在した人物を演じる前には必ず行くのですが、お墓参りにも伺いました。昔は、自分が演じる武将のイメージが少しでも良くなるようにしたいという思いもありましたが、今はあくまで作品における役割をきちんと捉えて演じようと思っています。
A:過去の作品を見て研究している。とはいえ、決して模倣や二番煎じではない、「阿部流信玄像」を作り上げる。こういう話が大好きですし、「あ、これは阿部信玄を記憶に刻んでおかなければ」という思いに駆られます。そして、阿部さんのしびれる話はさらに続きます。
前回出演した大河ドラマ『天地人』では上杉謙信を演じたので、その宿敵である武田信玄を演じるのは感慨深いものがありました。あの頃からあっという間に14年経っていて驚いていますが、この14年間で培ったさらに深いものを出し切って、信玄としての役目を果たしたいと思っています。諸説あるようですが、信玄は、父親からも愛情を受けられない不遇な時代があり、その後、若くして父親を甲斐から追放もしているので、相当な苦労があったと思います。その苦労した時代があったからこそ、民を含め、人の気持ちも分かる人でもあったのでしょうし。人としての強さも優しさもあり、それが多くの人々を惹きつける力となったのだと思います。
I:阿部さんのパーソナルヒストリーを繙くと、長いキャリアの間で、仕事に恵まれない不遇の時代もあったといいます。後段のコメントは信玄のことを語っているようで、ご自身の来し方を振り返りながらのコメントではないかとも感じました。ちょっと目頭が熱くなってます。
A:本当ですよね。改めて『八代将軍吉宗』の登場シーンを見たくなりました。
I:そして阿部さんは「濃厚信玄」のベースになっている特殊メイクについても語ってくれました。
特殊メイクと髭がすごいですよね。このふたつの準備に、毎回3時間強かかる。朝一番で入って、その準備を経てからの芝居なので、準備はすごく大変でした。でもおかげで、圧倒的な雰囲気を作ることができました。
A:メイクに3時間というのは衝撃的です。その準備があってこその「濃厚信玄」。
I:あれは地前じゃなくて特殊メイクだったのかと、逆にちょっと驚きました。阿部さんはさらに、主演の「松潤家康」についても語ってくれました。
松本潤さんと芝居でご一緒したのは第11回「信玄の密約」で初対面を果たすシーンだけですが、収録前から、一緒にお芝居できることを楽しみにしていました。家康と密約をかわすというシーンでしたが、それぞれの役割をしっかり理解して役を作っていく集中力の高い現場でした。餅が固くてびっくりしました。
A:「実際にふたりはあんな感じで会ったの?」と思う方もいるかもしれませんが、信玄と家康の対面はひときわ印象に残る場面でした。壮大なるエンターテインメントの面目躍如といったところでしょうか。
I:「餅が固くて」というのは笑ってしまいますね。
A:柔らかくして万一にでも喉に詰まらせたら大変ですからね。しっかりリスク管理をしているというところでしょう。さて、信玄と家康の攻防は次週からさらに緊迫度を増していきます。
I:楽しみですね。
●編集者A:月刊『サライ』元編集者(現・書籍編集)。歴史作家・安部龍太郎氏の『日本はこうしてつくられた3 徳川家康 戦国争乱と王道政治』などを担当。『信長全史』を編集した際に、採算を無視して信長、秀吉、家康を中心に戦国関連の史跡をまとめて取材した。
●ライターI:三河生まれの文科系ライター。月刊『サライ』等で執筆。『サライ』2023年2月号 徳川家康特集の取材・執筆も担当。好きな戦国史跡は「一乗谷朝倉氏遺跡」。猫が好き。
構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり