文/鈴木拓也
長い人生、大半の人が避けては通れない課題に、「定年後の第二の人生をどう生きるか」がある。
年金問題もあるし、「定年後も働く」人も多いだろう。
しかし、視野を広くして見渡せば、実は様々な選択肢があることがわかる。
瀧本哲哉さんは、定年後の就業を選ばなかった1人だ。
瀧本さんは、59歳で京都大学経済学部に入学。若い学生に混じり、勉学に勤しむこと7年。現在は、同大学大学院経済学研究科に在籍している。
この年代で大学生になる人は少ない……というか超少数派だが、定年後の進路に迷うわれらに、生きるヒントを与えてくれる。
瀧本さんは、どんな学生生活を送り、どんな影響を人生に与えたのだろうか。その一端を、瀧本さんの著書『定年後にもう一度大学生になる 一日中学んで暮らしたい人のための「第二の人生」最高の楽しみ方』より紹介しよう。
定年直前に退職して入学
瀧本さんは、新卒で入社した金融機関に務め、55歳になって関連会社に出向した。
大学で学び直そうと思いついたのがその頃。次男が入学した北海道大学を訪ねたときに、「もう一度大学で勉強できたら楽しいだろうな」と、思ったのがきっかけだという。
出向後は時間的な余裕があったため、受験勉強を始める。会社に勤務しながら、時には実家の実母の面倒を見ながら3年間勉学に励み、念願の京都大学に合格。定年1年前のことであった。
瀧本さんの妻は、定年前に会社を辞めることに大反対であった。しかし瀧本さんは、「早く大学生になりたくてあと1年待つことができませんでした」と打ち明ける。ほかの親族は賛成したことも手伝い、定年直前の退職と入学を果たす。ちなみに瀧本さんの妻も、「入学当初こそ不満たらたら」であったが、「それなりに勉学に励んでいる様子を見て」、応援してくれるように変わったそうだ。
若い大学生らとの交流を深める
還暦間近で新入生になった瀧本さん。教室の中で、1人だけ白髪頭の学生がいるというのはどのような感じだろうか。
瀧本さん自身は、受験勉強期間に予備校の模擬試験を何度も受けており、試験会場で高校生との交流があったことから、ほとんど抵抗感はなかったという。
では、若い大学生からの反応はどうだったかといえば、入学試験当日からすでに関心をもたれていたという。合否発表当日の会場では、「あの年配の人は合格したのかな」と話題になるほどで、若者からはかなり興味の対象にはなっていた。ただ、最初のうちはどのように接していいか分からず、しばらくの間瀧本さんは「ポツンと1人」の状態。
しかしながら、そんな空気はすぐに変わりました。授業中の先生と私のやり取りの様子から見て、歳はとっていても自分たちと似たような学力の学生とわかってから、安心して話せるようになったそうです。
私からも、近くの席の学生と時おり一言二言話すことから始めて、次第に打ち解けて話せるようになりました(本書より)
ノートの貸し借りから始まって親睦が深まり、2回生になると、普通の大学生同士の付き合いとほとんど変わらないぐらいになる。
また、京都大学の先生も、大半が年下である点が心配であったが、若い学生と対等に扱ってくれ、人間関係の面での心配はほぼ杞憂に終わったそうだ。
寮生活と自炊で出費を抑える
瀧本さんは、大学生活のことだけでなく、「お金・家族・健康」をテーマに、まる1章を割いている。特に学費を含めて、どれだけのお金がかかるのか、気になるところだ。
京都大学については、当時の入学料は282,000円、年間授業料は535,800円であったという。
瀧本さんの子ども2人は、既に独立して自活しており、住宅ローンも完済、実母の老人ホームにかかる費用は、実母の年金や貯金で賄えている。収入面では、60歳から企業年金、63歳からは厚生年金も入る。60歳までの1年間は、貯金でやりくりできるという経済状況であったそうだ。
それでも入学後の瀧本さんは、節約を意識した生活を心がけた。千葉県の住まいを離れ、京都に転入するとともに学生寮に入寮。夫婦生活では頼りっぱなしであった料理もはじめた。
入寮したのは吉田寮という、築百年を超える日本最古の学生寮。「まるで魔窟のような」古びた建物だけに寮費は破格の安さ。「水道光熱費を合わせても年間3万円程度の費用」で住めたという。朝晩の食事は、寮の台所で自炊したため、1日の食費は千円程度に抑えられたとも。
他方、健康面についていえば、「肉体的には若い頃のように無理はききません」という現実がのしかかる。記憶力や気力の衰えを自覚し始める年代であるし、1日にいくつもの試験をはしごするときなどは、さすがにきつかったようだ。
ただ、生活のリズムは非常に健康的になった。日々授業があるのだから、いきおい規則正しい生活になるし、会社員時代のような仕事や人間関係のストレスがないといった、大きなメリットを指摘する。
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瀧本さんが、大学生になって起きた大きな変化の1つに、「間違いなく若返った」ことを挙げる。周囲は若者ばかりで、「自分も20代だと本気で勘違いする」ような生活だからなのだろう。その1点でも、定年後に大学に入ることを考えたくなるが、もちろん魅力はそれにとどまらない。定年後の人生をあれこれと思案しているなら、大学生になることも検討してみてはいかがだろう。
【今日の定年後の人生に役立つ1冊】
『定年後にもう一度大学生になる 一日中学んで暮らしたい人のための「第二の人生」最高の楽しみ方』
文/鈴木拓也 老舗翻訳会社役員を退任後、フリーライター兼ボードゲーム制作者となる。趣味は神社仏閣・秘境巡りで、撮った映像をYouTube(Mystical Places in Japan)に掲載している。