文・写真/杉崎行恭
和歌山県の新宮駅はJR西日本とJR東海の境界駅、紀勢本線もこれより名古屋方面は非電化になる。JR西日本の「WEST EXPRESS銀河」はここから京都方面に折り返す。今回の「南紀コース」は2022年10月から2023年3月上旬まで設定された「WEST EXPRESS銀河」の冬のプランだ。運行ダイヤは京都発21時15分〜新宮着9時37分の夜行と、新宮発9時50分〜京都着20時53分の昼行で、1週間に2往復する設定。つまり行きは夜走って翌々日の昼戻るというパターンだ。今回の試乗は新宮発京都行の昼行プランである。
ところで駅舎好きとしては新宮駅舎も見ておきたい。まるで横長のガラス箱を置いたようなモダンな造形は今見ても斬新だ。これが昭和27年(1952)年の竣工(70年前ですよ!)とは驚く先進ぶりだ。
さて、新宮のゆるキャラ「めはりさん」に見送られて発車した117系「WEST EXPRESS銀河」はすぐ「王子が浜」という渚を走る。車窓から海が見える場所は全国にあるが、ここは線路の横がすぐに砂浜という掛け値なしの海岸線路だ。「アカウミガメの産卵地」という砂浜越しに見る太平洋はまことにでっかい。
すぐに名駅舎のある「那智駅」を通過するが、ここもホームが海水浴場に面している。余談だがその昔、那智駅前の補陀洛山寺の住職は死期を悟ると、出入り口のない小屋を乗せた渡海船に乗って海の彼方にある補陀洛浄土へ帰らぬ旅に出たという。
大海原を見ながらそんなことを考えていると、すぐに那智勝浦、そしてクジラ漁で有名な太地(たいじ)と停車していく。その太地駅で19分停車、駅舎で鯨入りソーセージをいただいた。「WEST EXPRESS銀河」はこのように停車駅で長時間停車をすることが多い。古座駅ではパンダ柄の特急「パンダくろしお」号とすれ違った。本州最南端の串本駅では24分間停車、駅には1890年に遭難したトルコ軍艦エルトゥールル号乗組員救出の解説があった。駅の待合室で「本州最南端駅」の駅スタンプを押して列車に戻る。
ふたたび走り始めた列車では昼食のお弁当が配られた。10〜11月はこの「古座川銀河弁当」だ。鹿の焼き肉やさんま寿司が並ぶお弁当はかなりの豪華版、3号車のフリースペース「明星」に移動して食事をしながら南紀の海岸風景を堪能する。この列車には、各所にフリースペースがあるので長時間の列車旅も苦にならない。それでも新宮から約3時間過ぎた周参見(すさみ)駅では1時間15分の長時間停車がある。駅舎にはおしゃれなコーヒースタンドもあり、5分ほど歩けば「すさみ枯木灘海岸」の砂浜に出る。透き通った海に小魚が泳ぐのも見えた。海岸に面した「FRONT110」という観光案内所に寄る、お薦めされて奥の小部屋に入ったらそこには檻があった。ここは元警察署だという。
時がゆっくり流れるような別天地、周参見駅を14時発車。列車は温泉地とパンダで有名な白浜、そしてあの南方熊楠の故郷、紀伊田辺と停車していく。この間、紀勢本線(きのくに線)を走る特急列車にどんどん追い抜かれる。この列車は特急なのに遅い。新宮〜和歌山間だけでも特急「くろしお」に乗れば最短3時間16分で結ぶが、「WEST EXPRESS銀河」は8時間27分かけて走る。まさに紀州の殿様のような鷹揚さで進んでいく。
鉄道ファン的には御坊駅で日本最短クラスの私鉄、紀州鉄道(全長2.7km)とホームを共用していたり、また車内でJR西日本の担当者たちに聞いた「車掌時代によくこの117系電車に乗務した、音が懐かしい」という話も楽しかった。そんな時を過ごしているうちに海南駅で日没を迎え、本来の夜行列車の雰囲気が漂い始める。
すでに夕方の通勤時刻を迎え、和歌山駅や阪和線内の日根野駅では注目を浴びながら通勤電車をやり過ごす。「WEST EXPRESS銀河」はすっかり暮れた20時20分に新大阪駅に到着。あらためて新大阪駅(完成後58年)を見れば、あの新宮駅に似たデザインポリシーで建てられていることがわかる。
まったりと海を見て駅を見た列車旅。下車したあと、少し大阪のスピード感に合わない自分がいた。
「WEST EXPRESS銀河」の列車情報は以下のHPで
https://www.jr-odekake.net/railroad/westexginga/
文・写真/杉崎行恭
乗り物ジャンルのフォトライターとして時刻表や旅行雑誌を中心に活動。『百駅停車』(新潮社)『絶滅危惧駅舎』(二見書房)『異形のステーション』(交通新聞社)など駅関連の著作多数。
※杉崎の「崎」は正しくは「たつさき」