文・写真/東リカ(海外書き人クラブ/アメリカ在住ライター)

世界最古の履物のレプリカ

筆者の暮らすオレゴン州には、世界のスニーカーカルチャーに最も貢献したと言われる「ナイキ」本社をはじめ、「アディダス」北米本社、「コロンビア・スポーツウェア」本社、「ダナー」本社があるなど、履物にはゆかりがあります。ところが、世界最古の履物がオレゴン州で発見されたことは、意外と知られていません。

この夏、約1万年前に作られた履物が何足も見つかったというフォートロック洞窟を訪ねてきました。

ネイティブアメリカンが暮らしたフォートロック洞窟

フォートロック

フォート ロック洞窟は、オレゴン州中部「フォート ロック州立自然地域(Fort Rock State Natural Area)」の西に約1km離れた場所にあります。1961年に国定歴史建造物に指定され、1966年には国定史跡に登録されました。

ポートランドからは、車で約400kmの距離。海側のポートランドから大木や苔の生い茂るカスケード山脈を越えて内陸側に来ると、からりとした高地砂漠となり、がらりと景色が変わります。

フォートロック・ベースン

フォートロックは、直径約1,360 m、高さ60m、という大きなタフリング(火山の爆発的な噴火で生じた火口地形)。地上から見ると湾曲した巨大な壁のように見えますが、上空から見ると馬鉄型をしています。氷河期には、2,300平方kmの広さだったという巨大な湖「フォートロック・ベースン(Fort Rock Basin)」の底から生まれた島だったのですが、現在は、乾いた大地にセージブラッシュ(ヨモギ属の低木)の草原が広がっていて、水辺の面影はまったくありません。

更新期(約258万年前から約1万年前までの期間。人類が出現した旧石器時代に当たる)の終わりまでには、柔らかい岩を湖の波が侵食し、奥行き75フィート(約23m)のフォートロック洞窟ができたそうです。

世界最古の靴を使用していた人々のイメージ

フォートロック・ベースンの水が減り、洞窟にアクセスできるようになると、原住民がフォートロック「島」からカヌーに乗ってこの洞窟にやってきたそうです。周囲には、コットンウッド(ヒロハハコヤナギ)や松が茂り、鴨が泳ぐ豊かな湖や池、湿地がありました。洞窟は夏場は狩りや食用植物を集めるために利用され、また冬場は暖をとって暮らすために使われていたそうです。

世界最古の履物の発見

世界最古の履物が見つかった洞窟

1938年にオレゴン大学の野外考古学者ルーサー・クレスマン(Luther Cressman) 氏がフォートロック洞窟を探索し、火山灰の下から何十足もの樹皮で作られたわらじのような履物を発見しました。この火山灰は、7,600年前に噴火し、オレゴン唯一の国立公園にもなっているカルデラ湖「クレーターレイク」を形成したマザマ山(Mount Mazama)のものでした。

1950年代に入り、新たに開発された放射性炭素年代測定方法で発掘された履物を測定した結果、発掘当時に推定されたよりもはるかに古い、9100年から1万1000年前に作られた世界最古のはきものであることが判明したそうです。

履物の素材のセージブラッシュ

この「フォートロックスタイル」の履物は、セージブラッシュの樹皮を捻って編み込むという独特のスタイルで作られています。フォートロック洞窟での出土の後に、同時期に作られた同じスタイルの履物はグレートベースン北部(Northern Great Basin)のオレゴン州やネバダ州の乾いた洞窟内で見つかっています。

洞窟の中からの眺め

フォートロック洞窟で出土した履物のなかには、子ども用の小さなものもあり、数世代の家族で暮らしていたと考えられています。また、かかとの部分はすり減っていて、穴が空いているものもありました。また点々と黒くなったつま先は、たき火で焦げた跡だと考えられています。

洞窟内から履物の他にも黒曜石の矢尻や刃なども発掘されており、太古の暮らしぶりが想像できます。

フォートロック洞窟ツアー

オレゴン州公園保養局のガイド

フォートロック洞窟を訪れるには、オレゴン州公園保養局 (Oregon Parks and Recreation Department)が年に数回、春から初夏にかけて開催する州立公園ガイドツアーに参加する必要があります。10人の参加者は、フォートロック州立自然地域の駐車場からガイドの運転するバンに乗り、また、20分ほど歩いて洞窟を目指します。

ツアーの所要時間は約2時間。

洞窟自体はそれほど広いものではありませんが、道中、履物の素材となったセージブラッシュを手に取ったり、洞窟内で古代と同様の素材・手法で作られた履物のレプリカや当時の写真を見ることで歴史をより身近に感じることができました。また、門外不出のネイティブアメリカンの伝承も共有してもらいました。

この地域は、1年のうち300日が晴天といわれるエリアなのですが、ガイドが伝承を語り終わった途端、雷が鳴り響き、バンに乗り込む頃には急に空が黒雲に覆われてしまいました。そして、なんと解散時には、激しく雹が降り始めました。

数十分で雹は止み、青空が戻ってきたのですが、とても不思議な体験でした。

ホームステッド博物館のメンケンマイヤー・キャビン

なお、フォート ロック州立自然地域の近くには、セルフガイドツアーでホームステッド時代(1900年代初め)の植民者たちの暮らしぶりを感じられる「フォートロックバレー歴史的ホームステッド博物館(Fort Rock Valley Historical Society)」もあります。そのうちの一件が1909年に入植したメンケンマイヤー(Menkenmaier)氏が建てた家。この一家の子供たちがフォートロック洞窟付近で遊ぶことが好きだったことから、母親のヘイゼルさんがクレスマン博士に洞窟の話をしたことがきっかけで探索が進み、最古の履物の発見につながったんだとか。

世界最古の履物の実物は、オレゴン大学の「自然文化史博物館(Museum of Natural and Cultural History)」で見ることができます。歴史好きの方は、フォートロックのほうにもぜひ足を伸ばしてみてくださいね。

フォート ロック州立自然地域
https://stateparks.oregon.gov/index.cfm?do=park.profile&parkId=31

フォートロックバレー歴史的ホームステッド博物館(Fort Rock Valley Historical Society)
64696 Fort Rock Road, Fort Rock, Oregon 97735
https://fortrockoregon.com/

オレゴン大学自然文化史博物館(Museum of Natural and Cultural History)
1680 East 15th Avenue, Eugene, OR 97403
https://mnch.uoregon.edu/

文・写真/東リカ 米国オレゴン州ポートランド在住。2014年12月に家族でブラジル・サンパウロから移住。現在はフリーランスとして、日本のメディアへの執筆やマーケティングリサーチを行なっている。世界100ヵ国以上の現地在住日本人ライターの組織「海外書き人クラブ」(https://www.kaigaikakibito.com/)会員。

 

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