文・写真/大野絵里佳(海外書き人クラブ/アメリカ・アラスカ在住ライター)
北米大陸で最北の地を走る「アラスカ鉄道」。海の玄関口として知られるスワード(Seward)から、アラスカ第2の都市フェアバンクス(Fairbanks)までを全長470マイル(約756km)で結んでいる。夏季は観光列車として人気がある鉄道だが、今回筆者が乗車したのは週に往復1便しかない冬季。そこには夏では見ることができないアラスカの姿があった。
フェアバンクス~アンカレッジ間を半日かけて走る
アラスカにはアラスカ鉄道(Alaska railroad)とホワイトパス・アンド・ユーコン・ルート鉄道(White Pass & Yukon Route Railway)という2つの鉄道がある。両者とも19世紀後半から20世紀初頭に起きたゴールドラッシュがきっかけとなって建てられた。かつては移動や物資輸送の為に活躍していた鉄道だが、現在では観光列車としての方が有名だ。高山を縫って行くように走るため車窓から見える景色が美しく、アラスカを代表するアクティビティの一つとなっている。
夏には主要都市であるアンカレッジ~フェアバンクス間を毎日運行しているが、冬は週末の往復1便のみ。アンカレッジを土曜の朝8時20分に出発し、夜の8時にフェアバンクス着。翌日曜の朝8時20分にフェアバンクスを出発し、夜の8時にアンカレッジ着、といった具合だ(※スケジュールは2022年5月現在)。筆者が乗車したのは冬のフェアバンクス~アンカレッジ間、約12時間の鉄道旅だ。
フェアバンクス駅はダウンタウンから少し離れたところにあり、周辺に飲食店は少ないので、飲食物は駅に行く前に調達したい。チケットは窓口でも購入できるが、夏は混雑している場合があるので事前に予約を取って置くのが得策だ。なお、公式サイトからの購入もできる。
スーツケース等の大きな荷物は預け入れできるので、早めにチェックインするのがいいだろう。出発までの余った時間は、構内にある土産店で潰せる。アラスカ鉄道のロゴが入ったオリジナルグッズは、ここでしか買えないのでぜひチェックしたい。
構内アナウンスがあり乗車。冬季は観光オフシーズンということで乗客は少なく、客車内はゆったりとしている。客車は2~3両で他に食堂車が1両、残りの車両は全て貨物用だ。夏は観光客からの収益がメインだが、冬は貨物輸送が主な役割。単なる観光鉄道としてだけでなく、アラスカに住む人々にとって欠かせない存在となっている理由が、この貨物輸送にある。
ゴールドラッシュ、世界大戦、大地震とアラスカの歴史と共に歩んだ鉄道
ここで、アラスカ鉄道の歴史を紹介したい。
アラスカ鉄道の歴史はアラスカの歴史と密接に関係している。前身であるアラスカ・セントラル鉄道(Alaska Central Railway)が建設されたのが1903年。これがアラスカに建設された最初の鉄道である。この時の全長はスワードから北に50マイル(約80km)ほどであった。
1914年、ゴールドラッシュに伴いアメリカ議会は3500万ドルの予算を投じ、スワード~フェアバンクスの開通に乗り出す。9年の歳月を費やし1923年に完成。しかし当時、路線上にある都市(スワード、アンカレッジ、フェアバンクス)の全ての人口を合わせても約5,400人、と十分な収益を見込めるものではなかった。
第2次世界大戦中は軍及び民間の物資や資材の輸送で大きく収益を得るものの、1964年に起きたアラスカ地震により大損害を受ける。湾周辺では津波や地滑りにより軌道が歪み、復旧に数ヶ月を要した。
1968年、北極海に面するプルドーベイ(Prudhoe Bay)で油田が発見されると、その輸送のためにパイプラインが建設される。プルドーベイから南の主要港町バルディーズ(Valdez)まで続く全長約1,280kmのパイプラインだ。アラスカ鉄道はこのパイプの輸送にも一役買っている。余談ではあるが、このパイプラインは世界の建造物として中国の「万里の長城」に次ぎ第2位の長さ、パイプは全て日本製である。
1980年代になると観光面を配慮した運営方針がとられる。クルーズ船によるアラスカ観光が盛んになったこともあり、観光鉄道としての見込みが高まったのだ。1985年、アラスカ州は連邦政府より鉄道を買収。その後、展望車の導入やデナリ国立公園駅の設置などを推進した。結果、現在では年間50万人以上の乗客を得るまでに成長する。
貨物輸送としての役割も大きく、一度に大量の物資を運べるのが強みだ。年間の貨物重量は511万トン。また、雇用面でも一助を担っており、アラスカに住む人々の生活を支えている。
アラスカ鉄道が観光客からも住民からも親しまれている理由に、時代の移り変わりのなかでその大きな役割を担ったことが挙げられるのかもしれない。
冬ならではのアラスカの絶景
フェアバンクスを出発すると、早くも目に飛び込んでくるのは冬のアラスカの絶景。どこまでも続く雪原や凍結した川などを見ることができる。夏は遠くに野生動物を見ることができたりと魅力的だが、冬の静寂の中を進む鉄道旅も捨てがたい。時速約50kmと思っていたよりゆっくりと走るので、景色を十分に堪能できる。
疲れたら食堂車で休憩をとるのもいい。食堂車と言っても、冬季運行時はサンドイッチやコーヒー等の軽食のみを購入できる。気分転換にはもってこいだ。
冬季、ある区間内にはフラッグストップ(Flag stop)と言って、駅以外の場所で乗車できるシステムがある。線路近くで手を挙げると、列車が停まってくれるのだ。アラスカでは、道路のない原野で生活している人も多く、鉄道を利用したい人にとっては駅まで行かなくていいので画期的。筆者が乗車している時も、数回のフラッグストップがあった。乗客は犬ぞり師たちなのか、犬も連れていたのが印象的だった。また、スノーモービルを積んでいたのもアラスカならではの光景であった。
※アラスカ鉄道公式サイトによると補助犬含むペット同伴不可とあるので、乗車当時とはルールが異なるのかもしれない。
天気が良ければ、標高6,190m北米最高峰のデナリ山が見ることができる。路線上の見どころや野生動物が見えた時など速度を落として走ってくれるので、カメラ片手に車内アナウンスに耳を傾けよう。
旅の終わり、アンカレッジ駅
最終駅、アンカレッジ駅に到着。ここはアラスカ第1の都市として知られているが、実は名前の由来には鉄道が関連している。1914年、鉄道の建設に使用する資材等を置く本拠地がここに建てられた。そして、この資材を搬入するための臨時の投錨地(anchorage)が置かれる。それを当時の地図に“Anchorage”と固有名詞として誤記したのが定着したという。
広々とした駅構内にはフェアバンクス駅と同じく土産店などがあるが、ぜひチェックして欲しいのが「ペニーマシン(Penny machine)」だ。25セントコイン2枚と1セントコイン(ペニー)を投入すると、アラスカ鉄道がデザインされた1セントコインとなって出てくる仕組み。ここでしかできないので、記念品としては最適だ。
フェアバンクス~アンカレッジ間は飛行機であれば約1時間、車であっても9時間と鉄道旅に比べ短い。しかし、広大なアラスカの大地、まだ誰も足を踏み入れたことが無いだろう景色に思いを馳せるには、12時間という旅の長さは妥当とも言えるのではないだろうか。時間にゆとりがある場合には、ぜひアラスカ鉄道に乗って旅をして欲しい。
アラスカ鉄道(Alaska railroad):https://www.alaskarailroad.com/ (英語)
文・写真/大野絵里佳(海外書き人クラブ/アメリカ・アラスカ在住ライター)2019年よりアメリカ・アラスカ州在住。猫と犬と一緒に、のんきでワイルドな日々を過ごしています。海外書き人クラブ会員(https://www.kaigaikakibito.com/)