文/鈴木拓也
長く続く健康ブームで、「〇〇をすれば痩せる!」といったふれこみのダイエット法が、次々と登場しては消えてゆく。
「肥満は万病のもと」という風潮は、いまや常識のようにみなされているが、果たしてそうなのだろうか?
実は医学の世界では、太ってはいても病気に罹りにくい人の存在がクローズアップされている。つまり肥満でありながら、糖尿病、痛風、心筋梗塞といった病気とは無縁に近い人たちがいるという。
そうした肥満を「いい肥満」と呼ぶのは、慶應義塾大学医学部腎臓内分泌代謝内科の伊藤裕教授だ。
著書『いい肥満、悪い肥満』(祥伝社)の中で伊藤教授は、病気になるリスクが大きい「悪い肥満」と、そうではない「いい肥満」の違いを解説。「いい肥満」になるためのコツを紹介している。
「ダメな脂肪細胞」だと疾患リスクは高まる
そもそも、人間はなぜ太るのだろうか?
それを解くカギは、脂肪を貯め込む働きを持つ脂肪細胞にある。1人の人間には、250憶~300憶個の脂肪細胞があり、中には中性脂肪が蓄えられている。これをどんどん貯め込むと約2倍の大きさになる。これまで、脂肪細胞の数は増えないものとされてきたが、近年の研究では、カロリー摂取が増えると800億個くらいまで増えることがわかっている。
伊藤教授によれば、この脂肪細胞には、「優秀な脂肪細胞」と「ダメな脂肪細胞」があるという。
「ダメな脂肪細胞」を持っていると、どうなるか。
たとえば、過食して余剰カロリーが生じても、それを定期預金口座である皮下脂肪に蓄積できなくなります。するとカロリーはしかたなく、本来使用されていなかった、普通預金口座である内臓脂肪に蓄積します。さらには、脂肪を貯めることが本来の仕事ではない肝臓や筋肉にまで、脂肪を蓄積せざるを得なくなります。(本書より)
ちまたでよく聞く「脂肪肝」も、「ダメな脂肪細胞」のせいで、肝臓にしこたま余計な脂肪を貯めてしまった結果だ。逆に「優秀な脂肪細胞」だと、少々のカロリーが入ってきても中性脂肪に変換して、細胞に貯めておける。そして、空腹時や夜間に中性脂肪を分解し、燃焼に回すことができる。
「優秀な脂肪細胞」がつくる「いい肥満」だと、健康長寿をもたらすという。逆に「悪い肥満」だと、さまざまな疾患リスクが高まるだけでなく、長じてサルコペニアや認知症の発症リスクも抱え込むことになると、伊藤教授は述べる。
そして、「優秀な脂肪細胞」を持てるかどうかは、ある程度遺伝で決まってしまうという。残念ながら、アジア人は「いい肥満」になれる遺伝的体質を持っている率は少ないようだ。とはいえ、生活習慣の改善で“正しく”太ることは可能だと、いくつかのアドバイスがなされている。
ストレス食いは避け、ゆっくり食べる
伊藤教授は、「グルメの人は悪い肥満にならない」と説く。
その理由は、グルメの人が追求するのは、食の量ではなく味だから。くわえて、食事の見た目や匂いまで楽しもうとする姿勢が、満腹になる前に箸を置く習慣につながり、「うまく太ることができます」とも。
では、グルメではない食べ方とはどういうものか。
重度の肥満になると食への依存症が出現して、食べることが「やめられない、止まらない」状態になります。こうなると、もはや快楽は満腹感でしか得られなくなります。味を楽しむことでは満足できないのです。しかし、満腹は本人にとってはつらく、ストレスになります。これはストレスホルモンの分泌を高め、食への依存をますます強めます。(本書より)
こうしたストレス食いは、「悪い肥満」一直線。くれぐれも注意したい。
食べ方について、もう1つ。「意識して時間をかけて食べる」ことをすすめている。
ゆっくり食べると、胃から腸へとグレリンやインスリンといったホルモンがスムーズに分泌される。それは、多食しなくても適度な満足感を得ることにつながる。
逆に、早食いは血糖値を急激に上げ、それに伴いインスリンも急激に分泌される。これは、低血糖をもたらし、早い空腹感をもたらしてしまう。
伊藤教授は、「どんなに忙しくても、最低30分の食事時間を摂るようにしている」という。これは、毎日が多忙なビジネスパーソンこそ見習うべき習慣だろう。
さらに、次の食事までに空腹感があるようにすることも大切。空腹を感じるとグレリンが分泌されるが、これは成長ホルモンの分泌を促し、皮下脂肪細胞の脂肪の分解がすすむ。そのため、1日3食摂るのはOKだが、空腹を感じられるような食事の量と時間的間隔を見つける必要がある。
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ここでは割愛したが、「いい肥満」への食事以外の秘訣として、「週末の筋肉トレーニング」や「睡眠の90分ルール」など有益なアドバイスが盛り込まれている。我慢ばかりのダイエットにうんざりしていたら、健康長寿がはかれるこうした方法に切り替えてはいかがだろうか。
【今日の健康に良い1冊】
『いい肥満、悪い肥満』
文/鈴木拓也 老舗翻訳会社役員を退任後、フリーライター兼ボードゲーム制作者となる。趣味は神社仏閣・秘境巡りで、撮った映像をYouTube(Mystical Places in Japan)に掲載している。