光を放つ、蛍

世の中の喧騒とは打って変わって、季節は音もなく、ゆっくりと着実にめぐっています。何もなかった田んぼには小さな苗が植えられ、だんだんと雨の日が増えてきました。しかし、こうした自然の変化も、意識しなければつい見逃してしまいそうになります。

古来より日本人は一年を七十二の“候”に区分して、季節のうつろいを楽しんできました。季節の変化を感じづらくなった今だからこそ、旧暦の二十四節気を軸にして季節を愛でる機会を持つことで、「季節感」の衰えを防げるのではないでしょうか?

今回は、旧暦の第9番目の節気「芒種」(ぼうしゅ)について紐解きます。

目次
芒種とは?
芒種に行われる行事とは?
芒種に見頃を迎える植物
芒種に旬を迎える食べ物
まとめ

芒種とは?

「芒種」とは、6月上旬に当たる二十四節気の一つで、「稲・麦などの穀物の種をまくとされる時期」を表す言葉です。「芒種」の芒は「のぎ」と読みます。芒とは、イネ科の植物の穂先にある針状の突起のことを指します。昔から芒種の時期は、この “芒”のある植物の種をまき、麦の刈入れや田植えを行う目安とされてきました。「芒種」の名前は「“芒”のある植物の“種”をまく時期」に由来していると言えます。

麦

また、芒種は二十四節気の9番目で、夏を6つに分けたうちの3番目の節気です。毎年6月6日~6月21日頃にあたり、2022年は6月6日が該当します。この期間は全国的に梅雨入りし、蒸し暑くなる頃。高温多湿の気候になるので、体調や食糧の管理には十分気をつけましょう。

ちなみに、二十四節気をさらに細かく分けた七十二候では、芒種の初候は「螳螂生(かまきりしょうず)」、次候は「腐草為蛍(くされたるくさほたるとなる)」、末候は「梅子黄(うめのみきばむ)」となっています。新たに生まれるカマキリ、美しく儚い光を放つ蛍、そして色づいていく梅。種まきだけでなく、動植物の生命の息吹も感じられる季節であると言えるでしょう。

芒種に行われる行事とは?

芒種に行われる行事やイベントをご紹介していきます。

まずは、「芒種」の由来ともなっている田植えについてです。6月の田植えの時期には、全国各地で、今年の豊作を田の神様にお祈りする祭りが行われます。特に、大阪の住吉大社で行われる「御田植神事(おたうえしんじ)」が有名です。他にも、伊勢神宮の別宮「伊雑宮(いざわのみや)」での「磯辺の御神田(いそべのおみた)」、京都伏見稲荷大社での「御田舞(おんだまい)」、下鴨神社での「御田植祭(おたうえまつり)」など、豊作を祈念する行事が各地で執り行われています。日本人と稲作の長く、深い関わりが感じられます。

また、「稽古始め」も「芒種」の時期にあたります。日本では古来より「6歳の6月6日に稽古を始めると上達しやすい」と言われてきました。片手で指折りに、いち、に、さん、と数えていくと、6のところで小指を立てる形になります。「子(小指)を立てること」を小指の立つ様子になぞらえて、習い事を始めるのに適した日と考えられているのです。

芒種に見頃を迎える植物

芒種、つまり6月6日頃~6月21日頃は、田植えが始まり、雨空が増える時期です。ここからは、そんな芒種の訪れを感じさせてくれる花をいくつかご紹介しましょう。

紫陽花

紫陽花(あじさい)は、梅雨時を象徴する日本固有の花です。万葉集にも名前が出てくるほど古くから知られています。その特徴は、何と言っても、育った土壌によって色が変化するという点です。同じ株の花が、薄紅色になったり爽やかな青色になったりと、色を変える様子が、雨の日の雰囲気を明るくしてくれます。

桔梗(ききょう)が花開くのも、芒種の時期です。万葉集で秋の七草として取り上げられていますが、芒種の頃から秋頃まで花を咲かせます。清々しい青紫色をしている星形のお花と、紙風船の様に蕾が可愛く膨らむ花が魅力的です。古来より美しい花が日本人に愛されています。

芒種に旬を迎える食べ物

芒種の時期に旬を迎える京菓子、野菜、魚をご紹介します。

京菓子

紫陽花(あじさい)

今では、広く愛されている京菓子。その歴史は古く、遡れば神社仏閣への供物、あるいは宮中での儀式や饗宴に用いられことが始まりとされています。そののちに、茶の湯文化の興起と隆盛により、創意工夫が繰り返され、その造形の美しさや味わいが洗練されたといいます。歴史と文化によって昇華した京菓子の技には、花鳥風月を愛し、京都の四季を慈しんだ古人の心が形取られているように思われます。

下鴨神社に神饌などを納める「宝泉堂」の社長・古田泰久氏に、京菓子の謂れや慣わしについて詳しいお話をお聞きしました。

「芒種の時期は、『紫陽花』という生菓子を提供します。名前の通り、紫陽花に見立てた生菓子です。京都でも多くの店で『紫陽花』の生菓子が店頭に並びますが、実際の紫陽花と同じで形や色などは店ごとに異なります。作り手の個性が出ていますので、色んな店を訪れて、ショーケースの中を見比べてみるのも一興かもしれません。

『茶寮宝泉』の『紫陽花』は赤色、紫色、青色というように季節の流れに即して色味を調整しております。雨降りの日が続き、蒸し暑さを感じる時期でもあるので、目から涼をとっていただきながら、お召し上がりください」と古田氏。

社長の古田泰久氏。「茶寮宝泉」の店内にて。

『紫陽花』は、白餡に采(さい)の目切りにした寒天をつけたもの(錦玉羹<きんぎょくかん>)です。ひんやりとした寒天の食感と口溶けのいい白餡の組み合わせから、清涼感が得られるでしょう。

野菜

夏野菜のイメージが強いトマトは、実は芒種の頃に旬を迎えます。トマトは高温多湿に向いていない為、8月などの真夏に収穫したものは、味的にはベストと言えません。そのため、春から初夏の時期、つまり芒種の時期が最も美味しく旬となるのです。リコピンをたっぷり含んだトマトを食べることで、湿度が高く、気温の変動が激しい梅雨時の体調管理に役立てたいですね。

旬を迎える魚は、キスです。新鮮なキスは透明感があり、赤みが感じられ、目が黒く澄んでいます。反対に、身が白っぽいものは古いため要注意。キスはクセがなく、どんな調理法でも美味しくいただけます。天ぷらや焼き魚のほか、刺身にするのもおすすめです。

まとめ

春が去り、夏が近づく予感を覚える「芒種」。田植えとともに始まり、次第に雨の日が増えることで梅雨入りを実感します。しかしながら、現在ではじっくり、ゆっくりと育てたブランド米の方が、優れた味を引き出すことができるそうで、早くから田植えするところが増えているようです。御田植祭や田楽などの祭事や神事の世界でだけ、感じる季節の節目となっているのかもしれません。

「梅雨」という言葉は、この時期に梅の実が薄黄色に色づくことに由来しています。“梅”の熟する頃の“雨”という意味です。こうした言葉の成り立ちに目を向けると、普段見えていなかった些細な季節の変化に気づくかもしれません。

監修/新木直安(下鴨神社京都学問所研究員) HP:https://www.shimogamo-jinja.or.jp
協力/宝泉堂 古田三哉子 HP:https://housendo.com
インスタグラム:https://instagram.com/housendo.kyoto
構成/豊田莉子(京都メディアライン)HP:https://kyotomedialine.com Facebook

 

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