清明

空は明るく澄みわたり、花々が咲き、草木の緑が日ごとに濃くなる「清明(せいめい)」。万物がいきいきと輝き始める、春爛漫の節目です。散策に出れば、風のやわらかさや土の匂いに、春の深まりを感じることでしょう。

今回は、そんな「清明」の意味や言葉の由来、季節の花や食べ物などを下鴨神社京都学問所研究員である新木直安氏に紐解いていただきました。

清明とは?

2026年の「清明」は、【4月5日(日)】にあたります。「清明」は「清浄明潔(しょうじょうめいけつ)」という言葉を略したもので、草木をはじめとする万象が清らかではつらつとすることを意味します。

空を見上げれば明るく、地上では草が伸び、花が咲き、鳥がさえずります。冬の名残はすっかり薄れ、春が確実に満ちてきたことを感じさせる節気です。

この時期は、ただ暖かいだけでなく、空気には透明感があり、風景の輪郭までやわらかく見えてくるのが特徴です。散歩や花見、野山の散策など、屋外で春を味わうにはふさわしい頃だといえるでしょう。

下鴨神社
清明の時期は、下鴨神社の木々も新しい葉で青々としています。

七十二候で感じる清明の息吹

清明の期間は、例年【4月5日ごろ〜4月19日ごろ】。七十二候ではこの時期をさらに3つに分け、自然の細やかな変化を映し出しています。細やかな自然の変化に目を向けると、春の深まりがいっそう身近に感じられます。

初候(4月5日〜9日頃)|玄鳥至(つばめきたる)

玄鳥(げんちょう)とは燕(つばめ)のことです。南から渡ってきた燕が姿を見せ始め、軒先や里に春のにぎわいを添えます。

次候(4月10日〜14日頃)|鴻雁北(こうがんかえる)

鴻雁(こうがん)は雁(がん)のこと。冬のあいだ日本で過ごした雁が、北へ帰っていく頃です。渡り鳥の往来にも季節の移ろいが表れます。

末候(4月15日〜19日頃)|虹始見(にじはじめてあらわる)

春の雨上がり、空気の中に光が満ち、虹が見え始める頃。これから夏にかけて、夕立の後などに虹がよく見られる季節になります。

清明を感じる和歌|言葉に映る清明の情景

皆さま、こんにちは。絵本作家のまつしたゆうりです。もうすぐ「この鳥」がやってくる季節。今月は野鳥の登場する歌をご紹介します。

燕来る 時になりぬと 雁(かり)がねは 国偲(くにしの)ひつつ 雲隠(くもかく)り鳴く
大伴家持(おおとものやかもち)『万葉集』4144

《訳》「燕が来る時になった」と雁たちは国を懐かしみながら雲に隠れて鳴く。

《詠み人》この歌は、『万葉集』を編纂したといわれている大伴家持が詠んだ歌です。貴族で歌人でもある彼は、心の機微を自然にたとえた歌をたくさん残しています。

清明
絵/まつしたゆうり

皆さまの街には、もう燕はやってきましたか? 「ああ、もうこんな季節だなあ」と、桜や菜の花と合わせて春の風物詩に数えている人も多いはず。わたしは「チチッ」と鳴く愛らしい声と軽やかに飛ぶ姿を、毎春、待ち遠しく思っています。けれど、そんな燕と入れ替わりに「いなくなる鳥」に注目して、季節を感じたことってあまりないのでは?

それが、雁。万葉歌でいう雁は特定の種類というより、秋頃にやってくる鴨類のこと。夏頃に「そういえば最近見ないな」と気付かれる人はごくまれで、秋に「今年もやってきたなあ」と思う人はほんの少しいらっしゃるくらいでしょうか。

「雁とか鴨とか、年中いるんでしょ」と思っている人は注目してこなかったと思いますが、今年からはぜひとも気にかけてみてほしい! なにしろこの「燕と雁」は、1300年前はセットで考えられていたようなんです。

これは当時流行っていた唐の文学作品で書かれていた表現なのですが、「春には泥を口に含んだ燕がやってきて、かわりに葦を咥えた雁が去っていく」ということ。燕が口に含んだ「泥」は、皆さまご存じ、燕の巣の材料です。じゃあ、雁の咥えている「葦」は? これは雁が遠い北の故郷に向かう途中、海で休む時に「その葦を浮草として休む」と考えられていたそうなんです! 

なんて不思議で、愛らしい想像なんだろうと、初めて読んだときに心ときめきました。それぞれの「お家」を咥えて飛ぶ姿は、この時期にしか見られない奇跡の共演! 夏と冬の交錯する「春」というひとときの特別感が、この歌からは見えてきます。

なにより気になるのは、「やってくる燕目線」ではなく「去りゆく雁目線」で詠まれていること。「燕が来る季節になったから、やっと故郷に帰れる!」と喜ぶ姿は、当時越中(現在の富山県)に赴任中でこの歌を詠んだ家持にとって、他人事には思えない姿に感じていたのでは⋯ と思うのです。

北へ帰る雁と、西に帰りたい家持。方角は違えど「心は同じ」と、雁の切ない鳴き声に自分の心の声を重ねていたのではないでしょうか。自然の鳥や花の生き様に、自分を重ねて心を寄せる。そうすることで、「わたしだけじゃないんだ」と共感がうまれ、心がふっと癒やされる。

相手が人じゃないからこそ、心が軽くなることってありませんか? 最近は心の悩みを人ではなくAIに壁打ちする方が気楽だと感じられる人も増えてきているそう。人にくたびれた心には、それをまた別の人に相談することがストレスになったりもしますよね。そんなとき、人ではないものに心を寄せたり、託したりすることが、不思議と癒しになる。その相手として、鳥や花に心をそっと託してみるのもいいのではないかなあと思うのです。

AIのように明確な言葉としては返ってきませんが、自然の中で自分の内側からふと浮かぶ言葉は、プロンプトからは生まれない、思わぬ天啓のようなものがあるかもしれません。

「清明を感じる和歌」文/まつしたゆうり 

清明に行われる行事|先祖を思い春を迎える

清明の頃は、草木が勢いを増し、空も大地も明るさを帯びてくる時期です。こうした生命の力が満ちる季節には、先祖をしのび、家族の無事を願う行事も行われてきました。清明にまつわる代表的な風習をたどると、春を迎える人々の祈りのかたちが見えてきます。

清明節(せいめいせつ)

日本ではあまり馴染みのない「清明」ですが、中国、台湾、香港など太陰太陽暦を用いていた地域では大切な行事が行われます。それが「清明節」です。旧暦3月の春分の日から 15日目に設けられた祝日で、その日を含む3日間を法定休日としています。

この清明節には祖先の墓にお参りし、草むしり等をして墓を掃除する日でもあり、「掃墓節(そうぼせつ)」とも呼ばれます。日本でいえば、「お盆」に相当する年中行事です。

また、気候のいい春の時期を迎えて郊外の散策にふさわしい時期であるため、「踏青節(とうせいせつ)」と呼ばれることもあります。春爛漫の自然の中でお花見をしたり、冬になまった体をあたためるためにスポーツに興じたりして過ごします。こうした春のピクニックを「緑を踏む=踏青」と呼ぶのです。

また、清明節の前日(地域によっては2日前)は「寒食節(かんしょくせつ)」といって、火気の使用が禁じられて冷食(れいしょく=煮炊きしないものを食べること)をします。「寒食節」は春秋時代の晋国の忠臣、介子推(かいしすい)が焼け死んだ日といわれ、彼の死を悼む行事として火を禁ずるのだと語り継がれているそうです。

なお、朝鮮半島でも影響を受けたと思われる「寒食」などが見られます。また、沖縄地方の「清明祭」も18世紀ごろに伝わったという話がありますが、その根底には「太陰太陽暦」の文化圏があったため、享受したと思われます。

花祭り

4月8日は、お釈迦(しゃか)さまの誕生を祝う「灌仏会(かんぶつえ)」の日です。花々で飾った花御堂(はなみどう)に安置された誕生仏(たんじょうぶつ)へ、甘茶(あまちゃ)をそそいで祝うことから、「花祭り」の名で親しまれています。

清明に見頃を迎える花|春を彩る花々

日差しはいっそう明るさを増し、花々がもっとも生き生きと見えるときです。冬の名残を脱ぎ捨てた野山や庭先では、春を告げる花から春を彩る花へと主役が移り始めます。

山吹(やまぶき)

春の光をそのまま映したような、鮮やかな黄色の花を咲かせるのが山吹です。枝をしならせるようにして咲く姿はやわらかく、どこか優美で、『万葉集』では恋の花として詠まれてきました。

一重咲きの可憐なものから八重咲きの華やかなものまであり、野に咲く山吹はもちろん、庭木としても親しまれています。

山吹

菫(すみれ)

菫は、野辺や道ばたにそっと咲く、春を代表する草花のひとつです。濃い紫や淡い紫、白など花色はさまざまで、小ぶりながらも凛とした姿に可憐な気品があります。

華やかに咲く花木とはまた違い、身近な場所で季節の移ろいを教えてくれる存在です。

清明の味覚|旬を味わい、季節を身体に取り込む

清明の頃になると、食卓にも春の明るさが満ちてきます。やわらかな苦みを持つ山菜や、みずみずしい春野菜、季節を告げる魚介は、春を迎えた身体に自然の力を与えてくれます。

野菜|筍(たけのこ)

春の味覚を代表するものの一つが筍です。地面を押し上げるようにして現れる姿は、まさに生命の勢いそのもの。清明の頃には、やわらかく香り高い筍が店先にも並び始めます。

若竹煮や筍ご飯、木の芽和えなど、和の料理との相性は格別です。噛むほどに広がるほのかな甘みと土の香りは、春の深まりをしみじみと感じさせてくれます。

若竹煮

魚|初鰹(はつがつお)

旬を迎える魚は、鰹(かつお)です。南方の海から日本近海の太平洋を黒潮に乗って北上する鰹は「初鰹(はつがつお)」または「上り鰹」と呼ばれます。「目には青葉 山時鳥(やまほととぎす) 初松魚(はつがつお)」(山口素堂)と詠まれたように、初物(はつもの)として珍重されてきました。

脂のたっぷりのった戻り鰹とは異なり、春の鰹はさっぱりとしていて、軽やかな味わいが特徴。薬味を添えてたたきにすれば、清明の頃の清々しい空気まで感じられるようです。

京菓子|花籠(はなかご)

清明の時期は、生命力溢れる草木に桃色や黄色、紫と色とりどりの花が美しさを競うように咲き乱れます。そんな風情を写したのが、「花籠」です。籠に花を盛るように、やわらかな色合いを重ねた姿には、明るく華やかな春の気配が宿ります。

宝泉堂・花籠
花籠(はなかご)
写真提供/宝泉堂

まとめ

日本に「清明」が強い風習として残らなかったのは、大陸との季節の時間差があったためと思われます。そのため、江戸時代になると、暦の修正が相次ぎ、中国の暦からの脱却を模索。その一つとして完成されたのが、映画にもなった渋川春海の貞享暦だといわれています。朝廷や幕府がわざわざ、中国暦(授時暦、大統暦)を廃止して貞享暦を認可したのは、日本の季節・農耕の時間に合わせるためだと推測されています。

その後、宝暦暦→寛政暦→天保暦の大和暦が続き、明治6年(1873)に太陽暦が導入されました。なお、神社界では伊勢の神宮の御師(御祈祷師。施主などの願意を祈願する神職。のちに諸国を巡り、御祓の大麻などを頒布した)の伊勢暦が大変有名です。

また、清明節でのお墓参りなどの風習が、日本では沖縄地方と華僑の人が多い長崎県の一部にしかなかったのは、日本には既に「お彼岸」があったためと思われます。この春と秋のお彼岸、もしくは御先祖様を祀る風習は、明治時代以降、皇室祭祀にも組み込まれ、春季皇霊祭、秋季皇霊祭として斎行されています(戦前は祝祭日。現在は春分の日と秋分の日に変わりました)。

しかし、春の芽生えの季節であり、「清明」の意味である、「万物ここに至りて、皆潔斎にして清明なり」という言葉が残るぐらいですから、ぽかぽか陽気に誘われて、気分転換するに最適な気候であったことは想像できます。

●「和歌」部分執筆・絵/まつしたゆうり

絵本作家、イラストレーター。「心が旅する扉を描く」をテーマに柔らかで色彩豊かな作品を作る。共著『よみたい万葉集』(2015年/西日本出版社)、絵本『シマフクロウのかみさまがうたったはなし』(2014年/(公財)アイヌ文化財団)など。WEBサイト:https://www.yuuli.net/ インスタグラム:https://www.instagram.com/yuuli_official/

監修/新木直安(下鴨神社京都学問所研究員) HP:https://www.shimogamo-jinja.or.jp
協力/宝泉堂 古田三哉子(HP:https://housendo.com インスタグラム:https://instagram.com/housendo.kyoto
構成/菅原喜子(京都メディアライン HP:https://kyotomedialine.com Facebook

 

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