ジャパニーズウイスキーが新たな隆盛の時を迎えている。蒸留所は全国に115を数え、さらに増える予測だが、その多くはウイスキー造りに情熱を抱く小規模な生産者たちだ。クラフトマンシップと風土と時間が融合して生まれる、この魅力的な酒の最前線を追った。

北海道「厚岸蒸溜所」は、スコットランド・アイラ島のようなウイスキーを目指し、2016年蒸留開始。海霧と湿原の雄大な大地が生み出す、ジャパニーズウイスキーの新しいスター蒸留所である。
左から、「厚岸ウイスキー二十四節気シリーズ」より、「処暑」700ml(以下同)48%、1万5000円。「小暑」55%、2万1000円。「冬至」48%、2万7000円。「立秋」55%、2万1000円。「小寒」55%、2万1000円。

冷涼な湿原、海霧のテロワールを映し、ウイスキーへのまっすぐな夢がしたたる

風が吹いている。海からの風だ。浜にさざ波が打ち寄せると、エゾシカの親子が民家の庭で、のっそりと顔をあげた。

釧路から車で1時間。小高い丘の上にAKKESHIと書かれた白い建物が見えてくる。

淡い空の下、ウイスキーの貯蔵庫が静謐なたたずまいを見せていた。

*

初めてウイスキーが蒸留されたのは2016年10月。以後10年間、厚岸は日本のウイスキーにたしかな歩みを刻んできた。それは創業者・樋田恵一さんのアイラモルト(※スコットランド・アイラ島で造られる、スモーキーなウイスキー)への憧れからはじまった。

厚岸ウイスキーを造る堅展実業代表取締役・樋田恵一さん。「アイラと同じものではなく、厚岸でしかできないウイスキーを目指しています」

「30歳の頃、アードベッグ17年などのアイラモルトが好きになりました」

蒸留所をつくることなど考えてもいなかった。食品原材料の商社をいとなむ樋田さんは、未熟の原酒を樽で輸入し、それを育(はぐく)み、独自のウイスキーとして売ろうと思った。

しかし熟成にはウイスキー製造免許が必要と知り、「ならば原酒から造る」と決めた。

目指すのはアイラモルト。スモーキーな香りは、好きな焚き火のにおいに通じていた。蒸留所の場所は、幼い頃から父と旅した北海道しかない。

そうして北海道とアイラを掛け算し、探し当てたのが厚岸だった。土地の人たちもやさしく好意的だった。

なにより風光がアイラに似ていた。

冷涼な気候。海のそばの湿地帯。ピートがふんだんにある。

麦芽に燻香をつけるピート(泥炭)の一部は厚岸の湿原から採られている。

冬はマイナス20℃、夏は25℃という大きな寒暖差がウイスキーの熟成を早める。夏には海霧がかかり、しっとりした海の香りを運んでくる。牡蠣が名産であることもまったく同じ。

「うちのウイスキーは飲むと塩っぽいのですが、まさに厚岸のテロワールを映しています」

*

素人がはじめたウイスキー造りだった。スコットランドから蒸留設備とともにやってきた技術者から一つひとつ学び、自分たちなりの工夫を加えていった。

ポットスティルから最初の一滴がしたたったときは安堵した。樽に詰め、これで完成だと思った。しかし知人から熟成過程をボトルで味わいたいとリクエストがくる。

ポットスティルは、数々のスコッチウイスキーを手がける英国フォーサイス社製。ストレートヘッドのオニオンシェイプ。写真提供/厚岸蒸溜所

「じつはそのときまで瓶詰めやブレンドを考えてなかった。“味を作れなければメーカーじゃない”とようやく気づいたんです」と樋田さんは苦笑する。

*

蒸留開始後10年。厚岸ウイスキーは現在5000樽以上を貯蔵、ブレンドも試行錯誤をかさね、200以上の製品を世に送り出してきた。コンペティションでの受賞も多い。熟成樽は4タイプ。バーボン、シェリー、ワイン、ミズナラ。なかでもミズナラ樽は、厚岸ウイスキーの「うまみ」=「だし感覚」を生みだしている。蒸留所近くでとれるピートの燻香もほどよい。琥珀色の液体には、潮風で育った塩気のなかに、上品な「甘み」やドライフルーツのような果実味がある。

熟成には4種類の樽(バーボン、シェリー、ワイン、ミズナラ)を使う。
蒸留所が使う樽材=地元のミズナラを保管する「真栄木材」。

「大切にしているのは『もろみ』。原型がおいしくなければ、蒸留・貯蔵しても良い酒に育たないんです」

樋田さんが目指すのは「厚岸オールスター」だ。厚岸産の大麦、ピート層をくぐりぬけた水、厚岸のキイチゴ酵母、海霧。そうしてミズナラ樽で眠って育つウイスキー。

スコットランドや日本の先人から謙虚に学ぶ姿勢。酒造りへの静かな思い──厚岸ウイスキーはなにより地元の人たちから愛されている。厚岸のひとと自然をまっすぐに映した酒。それが厚岸ウイスキーなのだ。

JR根室本線厚岸駅は小さな可愛い駅。

文= 吉村喜彦(よしむら・のぶひこ)
作家。サントリー宣伝部で「山崎」「白州」「響」「角」などを担当。その後、独立。酒や水をテーマに『ウイスキー・ボーイ』『ビア・ボーイ』『江戸酒おとこ』など著書多数。

厚岸蒸溜所

2016年10月蒸留開始。写真左の第4熟成庫は2020年完成。赤い厚岸大橋の手前が厚岸湾、奥が厚岸湖。

北海道厚岸郡厚岸町宮園4-109-2
電話:0120・661・650
見学は『ホテル五味』、道の駅『コンキリエ』のツアーあり。
http://akkeshi-distillery.com/

ホテル五味

1892年開業、厚岸駅前にあるホテル。食堂兼バーにはウイスキーが揃う。

『ホテル五味』のオーナー五味尚紀さん。バックバーには厚岸ウイスキーが揃っている。真空管アンプとアナログレコードの音で夢見るような酔い心地になれる。
厚岸特産の牡蠣「カキえもん」に、地元でのみ販売している牡蠣用のウイスキー「牡蠣の子守唄」をソーダ割りで合わせる。


北海道厚岸郡厚岸町宮園1-11
電話:0153・52・3101
営業時間:BARは20時〜23時(最終注文)
定休日:不定
「厚岸蒸溜所バルコニー見学ツアー」を開催。2026年度は4月に開催予定。6000円。詳細はHPを参照。
http://www.hotelgomi.com/

撮影/宮濱祐美子

3月号大特集は『ジャパニーズウイスキーを極める』

 

関連記事

ランキング

サライ最新号
2026年
6月号

サライ最新号

人気のキーワード

新着記事

ピックアップ

サライプレミアム倶楽部

最新記事のお知らせ、イベント、読者企画、豪華プレゼントなどへの応募情報をお届けします。

公式SNS

サライ公式SNSで最新情報を配信中!

  • Facebook
  • Twitter
  • Instagram
  • LINE

小学館百貨店Online Store

通販別冊
通販別冊

心に響き長く愛せるモノだけを厳選した通販メディア

市毛良枝『百歳の景色見たいと母は言い』

花人日和(かじんびより)

和田秀樹 最新刊

75歳からの生き方ノート

おすすめのサイト
dime
be-pal
リアルキッチン&インテリア
小学館百貨店
おすすめのサイト
dime
be-pal
リアルキッチン&インテリア
小学館百貨店