タブレットを操る徳川家康、松潤が演じる家康……と、しばらく家康から目を離せない状況が続くが、新たに見つかった絵画に描かれた謎の隠居風の男が「家康ではないのか?」と話題を集めている。
かつて歴史ファンを虜にし、全盛期には10万部を超える発行部数を誇った『歴史読本』(2015年休刊)の元編集者で、歴史書籍編集プロダクション「三猿舎」代表を務める安田清人氏がリポートする。
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何かと話題の徳川家康
明治以降の後半戦も快調に飛ばしている『青天を衝け』だが、衝撃のひとつは、ドラマ冒頭のナビゲータ―役で登場して話題を呼んでいた徳川家康(演・北大路欣也)が、江戸時代が終わっても、まだ登場し続けていること。しかも、タブレットを片手に明治政府の不手際に苦言を呈するなど、あまりにも独特な存在感を放っている。
こうした演出は、明治日本の躍進は、すべて薩長を中心とする新政府の「手柄」ではなく、渋沢栄一(演・吉沢亮)をはじめとする旧幕臣の力が大きかった。つまり、徳川日本の遺産が、明治日本の躍進の原動力だったということを主張したいがためだろう。
さすが家康。死後200年以上を経ても、その影響力は無視できない。
いや、200年どころか、再来年(2023年)のNHK大河ドラマは、『どうする家康』とすでに発表されている。松本潤が演じる家康は、はじめから「偉大な神君」ではなく、襲い来る苦難を前にして、「どうする」のかわからないほど、ひ弱で悩み多い青年としてスタートするようだ。
しばらく徳川家康の話題はつきない。
家康を描いた屏風?
そんな徳川家康を巡って、話題を集めているイベントを紹介したい。
静岡県富士宮市にある静岡県富士山世界遺産センターは、2013年6月にユネスコの世界文化遺産に登録された「富士山――信仰の対象と芸術の源泉」を後世に守り伝えていくための拠点として設立された施設だが、ここで現在、「家康+富士山」という秋季特別展を開催している。
メインとなる展示品は、新発見の屏風『富士三保清見寺図屏風』だ。2020年に同センターが新たに収蔵し、今回、初公開することになったという。
この屏風は、富士山、三保の松原、そして清見寺という静岡県の景勝地を同じ屏風に描くという、江戸時代には複数見られた作品群のひとつと考えられ、そのなかでも非常に優れた作品として評価されているという。
問題は、清見寺を描く場面に、頭巾姿の隠居風の人物が描かれていること。この人物が、実は清見寺を訪ねる徳川家康ではないか、ということで話題となっているのだ。
静岡県富士山世界遺産センター教授の松島仁さんによると、甲斐武田氏が滅亡したとき、最後まで武田勝頼に従った土屋昌恒という猛将がいた。昌恒には生まれたばかり幼児がおり、戦火を逃れて清見寺に預けられ、養育された。やがて駿河を収めるようになった家康は、土屋昌恒の武名を惜しみ、その遺児を召し出して家臣に加えた。土屋忠直と名付けられた遺児は、やがて上総久留里藩の初代藩主となったという。
松島さんは、この屏風には土屋忠直が家康に仕官するようになった伝承が描かれているのではないかと推測する。確かに、清見寺を訪れた隠居風の男(家康?)の先には、それを出迎える住職と思われる僧侶と、その後ろに控えるまだ少年のような僧侶の姿が描かれている。
『おんな城主 直虎』の井伊直政を思い出す
武田の元家臣だった人物、あるいはその子供が、家康によって見いだされ、その家臣となる逸話というと、4年前のNHK大河ドラマ『おんな城主 直虎』を思い出される方も多いのではないか。のちに徳川四天王のひとりとして活躍する井伊直政(演・菅田将暉)は、父が今川氏に討たれ、一族が没落したのち、長く信州の寺で逃亡生活を送っていたが、やがて現在の浜松周辺が德川家康(演・阿部サダヲ)の所領となったのを機に、家康に仕官をとげ、その優れた能力を買われて出世するというのが、ドラマ後半のストーリーだった。
このストーリーが、井伊家に伝わる伝承をもとにしていたように、恐らく土屋家にも、土屋忠直が家康に見出されたという「栄光の物語」が伝わっていたのだろう。
『富士三保清見寺図屏風』は、この栄光の物語を視覚化する意図を含んでいたのではないか――というのが、松島さんの見立てなのだ。
さて、この見立てが正しいかどうか、屏風に描かれた人物は本当に徳川家康なのか――。
会場では、『富士三保清見寺屏風』のほか、「神」として描かれた家康の肖像画なども鑑賞することができる。
【家康+富士山‐新発見「富士三保清見寺図屛風」をめぐる一考察‐】
主催:静岡県富士山世界遺産センター
共催:公益財団法人 德川記念財団 後援:NHK静岡放送局、静岡新聞社・静岡放送、全国家康公ネットワーク、徳川みらい学会
会期:開催中~令和3年11月7日(日)
時間:9:00~17:00 (最終入館は16:30)
会場:静岡県富士山世界遺産センター2階企画展示室
料金:一般:700円 団体:600円 70歳以上:200円 大学生以下、障害者等:無料(要証明)(常設展観覧料も含む)
主な出展作品:
・作者未詳 白描東照大権現像 德川記念財団蔵
・四代木村了琢筆 南光坊天海賛 東照大権現像 德川記念財団蔵
・富士三保清見寺図屛風 静岡県富士山世界遺産センター蔵
関連イベント
<ギャラリートーク>展示室にて担当学芸員が展示解説を行います!
・日時:令和3年11月6日(土)・7日(日) 各日14:30~
・定員:各回先着15名 事前申込不要(当日、直接会場へお越しください)
・参加料:無料(別途観覧券が必要です)
※新型コロナウイルス感染症防止対策のため、会期や開館時間等の変更、実施内容の変更または中止する可能性があります。
安田清人/1968年、福島県生まれ。明治大学文学部史学地理学科で日本中世史を専攻。月刊『歴史読本』(新人物往来社)などの編集に携わり、現在は「三猿舎」代表。歴史関連編集・執筆・監修などを手掛けている。