「甘煮」と呼ばれていた「肉じゃが」
肉じゃがは、もともと「甘煮」と呼ばれていた。
男爵、メークイン、キタアカリなど、様々な品種がある「じゃがいも」。その主な成分はでんぷんだが、ビタミンC、カリウム、食物繊維が豊富で、実は低カロリーな食材である。じゃがいもに含まれるビタミンCはでんぷんに包まれているため、加熱しても壊れにくいことが特徴で、カリウムはナトリウム(塩分)を排泄する効果があり、高血圧予防に有効とされている。
じゃがいもを使った国民的料理といえば「肉じゃが」。料理店の献立に肉じゃがを見つけると、つい注文してしまうという人も多いだろう。庶民の味覚ともいえる肉じゃがだが、この料理が生まれた経緯が実に興味深い。
日本海軍司令官・東郷平八郎と肉じゃがの関係
肉じゃがの誕生に深い関わりのある人物がいる。明治時代の日本海軍司令官、東郷平八郎(1848~1934)である。東郷は鹿児島に生まれ、戊辰戦争に従軍したのち、明治政府の軍人となる。日露戦争では連合艦隊を指揮してロシアのバルチック艦隊を破り、晩年まで日本海軍に大きな影響力を及ぼした。
東郷は24歳から7年間、海軍士官としてイギリスに官費留学している。彼はその頃に食べたビーフ・シチューの味が忘れられず、のちに海軍舞鶴鎮守府(まいづるちんじゅふ)の初代司令長官として任官した際、料理長にビーフ・シチューを作るように命じたという。
しかし、当時はバターやワインなどの材料がないため、醤油や胡麻油を使って作ったところ、ビーフ・シチューとは別物ではあるけれど、とてもうまい料理ができた。この「甘煮」と名付けられた料理が、肉じゃがの発祥とされている。
それまで軍隊ではビタミン不足から脚気で苦しむ兵が多かったが、海軍でこの「甘煮」を食べ始めたところ、脚気が改善されて、兵が元気になったという。東郷による日本海海戦勝利には、食生活改善の効果もあったといえるかもしれない。
文/内田和浩