大河ドラマ『青天を衝け』第23話では、断髪する渋沢栄一(演・吉沢亮)の姿が描かれた。一方、日本では王政復古の大号令が発せられた。
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ライターI(以下I):渋沢篤太夫(演・吉沢亮)が断髪するシーンがありました。慶応3年パリで断髪ですね。維新後に「散髪脱刀令」が出されるのが明治4年(1871)ですから、その4年前なんですね。それにしても、篤太夫も民部公使の徳川昭武(演・板垣李光人)も、断髪の似合うことといったら。
編集者A(以下A): 徳川昭武の小姓陣の断髪がややコミカルに描写されていましたが、なんだかんだいいながら断髪したのが偉いですよね。薩摩藩主の島津久光と島津忠重の親子は維新後もずっと髷を保ったままだったといいますから。
I:島津忠重は大日本帝国憲法発布の式典でも髷姿だったといいますね。劇中の水戸藩士よりも頑迷だったことになりますね(笑)。
A:もし自分が同じ立場になったら、率先して断髪したかどうか。意外に島津久光同様生涯髷を結っていたかもしれません(笑)。
I:これから先、さらにデジタルの世になっても紙の本にこだわるっていうのに似ているかもしれませんね。さて、ドラマの中では、渋沢がフランスの軍人と銀行家が親しげに話しているのを不思議がるシーンが登場しました。
A:先週も紹介しましたが、1980年の『獅子の時代』の大河ドラマストーリーに収録された座談会で作家の城山三郎さんはこう語っています。「渋沢がベルギー国王に会って鉄が大事だけれども、日本が鉄を買うのならば、ベルギーから買ってくれ、と国王から頼まれてびっくりします。日本では将軍はセールスマンみたいなことはとてもしないのに、こっちでは国王がこういうことをするのかといって」。
I:日本がちょっとやるとエコノミックアニマルと欧米ではいうけれども、欧米はエコノミックビースト(野獣)だといっていますね(笑)。
A:日本の皇室とベルギー王室は親密な関係を築いていますが、現在のベルギー国王フィリップは劇中に登場していたレオポルド二世の弟の系統になっていますね。
I:渋沢も国王が自ら商いの話をするのかと驚いていましたが、当時の日本は学問の基礎だった朱子学の影響で、経済を少し軽視していました。前週も家賃を値切れない幕臣の姿が描かれていましたが、維新後も「武士の商法」と、その商売下手が揶揄されましたもんね。
A:前出の城山三郎さんは渋沢が主人公の小説『雄気堂々』(新潮文庫)で知られています。パリ関係で私が好きな場面は、渋沢がパリで汚水泡立つ下水道を視察したというくだりですね。「臭気鼻を穿つ」と日記に書き残したそうです。渋沢は日記など豊富に書き物を残していますからネタには困りません。『青天を衝け』と『雄気堂々』も重なるエピソードは多いですが、この下水道のくだりは『青天』では採用されなかったようですね(笑)。
後醍醐帝以来500年ぶりのご親政
I:制作陣もそこを狙っているのかもしれませんが、岩倉具視(演・山内圭哉)のキャラクターが独特で、私は苦手です(笑)。
A:明治天皇に〈後醍醐帝以来途絶えていたお上による政をなされることになりまする〉と言っていましたね。これは、大政奉還後の慶喜の政権構想にはご親政という選択肢はなかった考えです。これまでの教科書的な視座でいうと、「旧態依然とした幕藩体制」を「倒幕派が刷新」したというくくられ方をしてきたわけですが、果たしてそうか、という視点も必要かなと思いました。以前担当していた作家の井沢元彦さんの『逆説の日本史』の幕末年代史編(18巻~21巻)を読んで以降ずっと感じていることなんですが。
I:岩倉具視といえば、昭和57年に500円硬貨が登場するまで500円紙幣の「顔」だったんですよね。
A:おそらく岩倉を筆頭に公家の人たちは、後醍醐天皇以来の「ご親政」が実現して、自分たちも政の中心に返り咲けるのではないかと期待する向きもあったのかもしれません。でも実際には、明治4年の「廃藩置県」に先立つ明治2年に「百官廃止」があり、大半の公家たちは「失業」してしまう。新政府に参画したのは岩倉や三条実美などにとどまります。
I:前出の島津久光などは明治に入ってからずっと「西郷、大久保らに騙された」と言っていたといいます。おそらく多くの公家衆も「騙された」と思ったかもしれません。桂小五郎(木戸孝允)とともに維新三傑と称される大久保、西郷がどういう思想を持っていたのか、実像をもっと知りたくなってきました。
A:2010年の『龍馬伝』以降、『八重の桜』『花燃ゆ』『西郷どん』『青天を衝け』と幕末を扱う大河ドラマがそれ以前に比べて増えていますが、今後は、1970年代に朝日放送制作で放映された『天皇の世紀』(大仏次郎原作)のような骨太のドラマを期待したいですね。
幕末の空気を考える――ほんとうに風通しは悪かったのか?
I:ちょっと私は渋沢の〈異国がどこか風通しのいいのはそのせいか〉という台詞がひっかっているのですが……。
A:〈民がいくら賢くてもお上の思し召し次第で、曲がったことでもうんとうなずかされる。ここにはそれがねぇ〉っていう台詞に続く場面ですよね。Iさんの言いたいことはわかります。農民出身の渋沢が一橋家家臣から幕臣になり、パリに派遣されている。ちょっと前なら完全にありえないこと。確かに幕府は旧態依然の部分もあるけれども、風通しはよくなりつつあったのではないか、ということですよね。
I:そうです。先週も話題になりましたが、これは、〈薩長=先進、幕府=旧態依然 史観〉ですよね?
A:まあ、そうかもしれませんし、そうじゃないかもしれません。ただ、〈民がいくら賢くてもお上の思し召し次第で、曲がったことでもうんとうなずかされる。ここにはそれがねぇ〉の部分は、現在にも通じるなって思って聞いていました。
I:そういえば幕末は安政の大地震、コレラの流行、利根川の大水害など起きていました。なんだか現在と似ているかも……。
A:うっかりしていると、篤太夫の言っていたような時代に逆戻りしちゃうかもしれませんからしっかりしないとダメですね。
●大河ドラマ『青天を衝け』は、毎週日曜日8時~、NHK総合ほかで放送中。詳細、見逃し配信の情報はこちら→ https://www.nhk.jp/p/seiten/
●編集者A:月刊『サライ』編集者。歴史作家・安部龍太郎氏の『半島をゆく』を担当。かつて数年担当した『逆説の日本史』の取材で全国各地の幕末史跡を取材。函館「碧血碑」に特別な思いを抱く。
●ライターI:ライター。月刊『サライ』等で執筆。幕末取材では、古高俊太郎を拷問したという旧前川邸の取材や、旧幕軍の最期の足跡を辿り、函館の五稜郭や江差の咸臨丸の取材も行なっている。猫が好き。
構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり