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ハワイ王国滅亡の物語と鉄道で島を支配したアメリカ【ハワイ楽園鉄道1】

文・写真/杉﨑行恭

ハワイ楽園鉄道

ハワイと鉄道。そう聞くと不思議な感じがするが、じつはハワイ諸島にはある時期、縦横に鉄道が走っていた歴史がある。しかもこれらの鉄道は19世紀末のハワイ王国滅亡の時期から発展し、1940年代までのハワイの主産業だったサトウキビによる製糖産業を支えてきた。かつては広大なサトウキビ農場や製糖工場から港まで、無数のシュガーケイントレインが走っていたのだ。

プランテーションでの積み出し風景

プランテーションでの積み出し風景

オアフ島の鉄道はハワイ王国時代の1865年、サンフランシスコ〜ホノルル間を結ぶ巡航船の乗組員だったB・J・デリングハムがオアフ島で馬から落ちて骨折したことから始まる。治療のために船からおろされたデリングハムはしかたなくホノルルに滞在することとなる。

時代は南北戦争が終わった頃、アメリカ本土では肉や砂糖価格が急騰していた。このためサトウキビの栽培に適したアメリカ周辺の島は砂糖商人たちが襲いかかるように土地を買い、すさまじい勢いで開発されていった。1860年代、白人たちはすでにハワイ全土の4分の3の土地を取得しサトウキビのプランテーションを展開していた。南のキューバと西のハワイが、アメリカ砂糖商人たちの王道楽土となりつつあったのだ。

21歳だったデリングハムはこの様子をみてハワイに住むことを決意する。はじめは小さな商店の従業員となり、砂糖商人相手の商売で才覚を発揮。20年後には牧場も経営するひとかどの実業家に成り上がった。まさにハワイアンドリームの実現者となったデリングハムはやがてオアフ島の内陸部に目をつける。ここには広大なサトウキビのプランテーションがあったのだ。彼はハワイ立法府に3フィートゲージの軽便鉄道建設を申請し、1886年に鉄道特許を得ることに成功する。すでにこの頃、白人勢力は軍備をもたなかったハワイ王朝を意のままにしていた。1889年11月16日、デリングハムの鉄道は最初の9マイルが開業する。

ベンジャミン・ディリングハム(Wikipedia)

ベンジャミン・デリングハム(Wikipedia)

当時のハワイは独立王国だったものの、国民や政府には欧米的な土地所有の概念も薄く、膨らむ対外債務の返済にハワイ政府は土地の売却で補った。とはいえ1840年には憲法も交付され、内閣や議会も開かれて西欧化の道を歩んでいた。日本が明治維新を迎える以前に、奴隷制度まで廃止したモダンな立憲君主国が太平洋上に存在していたのだ。しかし帝国主義の時代、領土的野心を持ったアメリカは時のカラカウア王にハワイ生産品に関税非課税の特権を与え、そのかわりに、さまざまな内政に条件をつける。それは白人の砂糖商人にとって、文字通り甘い蜜のような環境となった、やがて立法府の議員や閣僚にまでアメリカ系が占めるようになる。

ハワイ王国第7代国王カラカウア(Wikipedia)

ハワイ王国第7代国王カラカウア(Wikipedia)

1881(明治14)年3月10日深夜、日本訪問中のハワイ国王カラカウアは監視役だった白人随行員の目を逃れ、密かに明治天皇を訪ねる。そこで王が切り出したのが姪の「カイウラニ王女と山階宮親王との婚儀」だった。おなじ有色人種国家の日本と同盟を結ぶことで白人からハワイを守ろうと考えたのだ。しかし、維新から日も浅い日本はアメリカを敵に回すことはできず謝絶。かわりに日本人移民を送る条約を結ぶ。これがハワイ日系移民の始まりだった。沖縄や和歌山などから次々と海を渡った。そして移民の多くが鉄道建設に従事する。ハワイの鉄道資料をめくると日本人の名前が多く登場する。歴史のかなた、貿易風吹く島々で移民たちが枕木をかつぎ、列車を走らせていたのだった。

サトウキビ農場と日本人労働者

サトウキビ農場と日本人労働者

1891年1月、失意のまま病死したカラカウア王を次いで、才気溌剌とした妹のリリウオカラニが第8代国王に即位。しかし、しだいに圧力を強めるアメリカ系白人勢力。1893年1月、アメリカとの対決姿勢を鮮明にした女王を支持する数千のハワイ民衆がイオラニ宮殿前に集まった。しかし事態を予測していたアメリカ艦隊は間髪を入れず部隊を上陸させて宮殿を包囲。戦艦ボストンは主砲を宮殿に向けて激しく威嚇する。幽閉されたリリウオカラニ女王は流血を避けるために退位を決断。1895年1月17日、カメハメハ1世から約一世紀続いたハワイ王朝はここに滅亡した。名曲「アロハ・オエ」はこのとき女王がハワイ国民にむけて唄った惜別の歌といわれている(諸説あり)。ハワイの歴史を知ると、その哀愁を帯びた旋律は胸を打つ。

イオラニ宮殿を取り囲む戦艦ボストンの陸戦隊(Wikipedia)

イオラニ宮殿を取り囲む戦艦ボストンの陸戦隊(Wikipedia)

ハワイ王朝滅亡時、日本人移民は2万5千人にものぼり、根気よく働く日本人は鉄道建設では欠かすことのできない労働力だった。しかし、このクーデターで移民たちはハワイ王国の庇護を失い、以後アメリカのマイノリティとして苦難の道を歩むこととなる。このとき日本も邦人保護のために軍艦「浪速」をホノルル沖に派遣、戦艦ボストンの真横に投錨させた艦長の東郷平八郎は常にハワイ王国よりの態度をとり、権力を握った白人臨時政府からの礼砲要請を断り続けたという。またハワイに対するアメリカの無法な行いに明治政府の外相大隈重信は、マッキンリー大統領に激烈な抗議文書を送っている。

波止場でくつろぐ日系のおじいさんたち

波止場でくつろぐ日系のおじいさんたち

デリングハムのオアフ鉄道は王朝滅亡とひきかえのように線路を延ばし1897年にはオアフ島を半周してホノルルからノースショアのカフルにまで達した。その後、旅客も扱う普通鉄道として発展し、砂糖とパイナップルを輸送する島の基幹インフラになっていく。さらに1898年のアメリカ・スペイン戦争(米西戦争)でアメリカはハワイを中継地にして遠征軍を編成し、スペインの植民地だったフィリピンを奪取する。このときのアメリカ遠征軍司令官がアーサー・マッカーサー・ジュニアで、戦後日本を支配したダグラス・マッカーサーの父親だ。

オアフ島を半周するようにレールが伸びていた

オアフ島を半周するようにレールが伸びていた

ところで1920年代、王族の保養地だったワイキキの開発が始まり、もともと砂浜がなかった渚にカルフォルニアから船で、またノースショアから貨物列車によって砂が運ばれたという。あの美しいビーチはオアフ鉄道が運んだ砂でできているのだ。1930年台になると大型飛行艇による太平洋横断航空路(チャイナ・クリッパーなど)が開設され、ハワイはその中継・宿泊地としてよき時代を迎える。同時にアジア方面を睨む軍事拠点として海軍基地が拡充され、オアフ鉄道はしだいに軍用鉄道の性格も帯びてくる。そして1941年の日本軍による真珠湾攻撃で始まった太平洋戦争で、軍事輸送にフル回転する。

ホノルルに残るオアフ鉄道のターミナル駅舎

ホノルルに残るオアフ鉄道のターミナル駅舎

しかし太平洋戦争が終わると輸送量は激減。さらにサトウキビ労働者のストライキや、1946年に発生したアリューシャン大地震による17mにおよぶ大津波で沿岸部が被災、オアフ鉄道は大打撃を受けた。役割を失った鉄道の運転は1947年で終了、オアフ鉄道も各所に線路や車両を残したまま1958年で解散した。

やがて兵士たちの休養地としてリゾートのイメージが定着したハワイは軍事基地の島から観光産業へと大きく舵を切っていく。1959年、ハワイは合衆国50番目の州となり、一世紀に渡るアメリカのハワイ併合は完成した。
ハワイ

文・写真/杉﨑行恭
乗り物ジャンルのフォトライターとして時刻表や旅行雑誌を中心に活動。『百駅停車』(新潮社)『絶滅危惧駅舎』(二見書房)『異形のステーション』(交通新聞社)など駅関連の著作多数。

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