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西郷隆盛の子、西郷菊次郎の足跡を台湾・宜蘭(イーラン)に訪ねる

台北から南東に一時間半ほどの緑豊かな宜蘭県。かつてこの地に西郷隆盛の息子、菊次郎が暮らしていたことは、あまり知られていません。宜蘭の街に貢献した菊次郎の足跡を辿り、歴史の舞台となった宜蘭設治紀念館と宜蘭文学館を紹介します。

■西郷菊次郎を知っていますか?

最近、台湾では古い日本家屋を補修し復元しているそうです。宜蘭市内にも、復元された日本家屋がいくつかあると聞き行ってみました。日本統治時代の1900年ごろに建てられた地方高官の官邸で、現在は「宜蘭設治紀念館」として公開されています。

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「設治」とは「官が政事をする」という意味だそう。中に入ると、畳も襖も床の間もあり、日本の田舎の家に遊びにきたような気持ちになります。ところどころ西洋建築も取り入れられ、和洋折衷の当時としては珍しい設計なのだそうです。

部屋をまわっていたら、ここでボランティアガイドをしているという李英茂さんが流暢な日本語で声をかけてくれました。

「こんにちは。サイゴウ・キクジロウさんという人物をご存知でしょうか?」

「西郷? 西郷隆盛さんなら知っていますが」

「西郷隆盛さんの息子ですよ。宜蘭県の初代知事となり、ここはその官邸として建てられたんです」

息子!? 西郷隆盛は歴史の教科書で習ったのですが、息子のことまでは知りませんでした。

李さんのお話によると、西郷隆盛が奄美大島を訪れた際、島娘の愛加那さんと恋に落ち、生まれたのが菊次郎。9歳で西郷家に引き取られ、13歳でアメリカに留学し、17歳の時に父が指揮する薩摩軍で政府軍と激戦を繰り広げ、父は自害し、菊次郎も右足に被弾したそうです。

一命を取り留めたものの、右足は切断。17歳にして壮絶な人生です。その後、外務省で働いていた菊次郎は、明治28年に台湾に赴任し、30年に初代の宜蘭県知事に就任しました。

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「宜蘭の住民を水害から守るために、宜蘭河の治水工事を行なったり、新田開発や道路整備など5年6か月の間、力を尽くした菊次郎さんですが、その当時のことを伝える人は少なくなってしまいました。中庭にある古いくすの木は、菊次郎さんが鹿児島から持ってきて植えたんですよ。

私はね、もっと日本人にも台湾人にも、菊次郎さんの功績を知ってほしくてボランティアガイドをしています」

■西郷親子と台湾の不思議な縁

部屋の片隅に菊次郎さんの写真を見つけました。太い眉毛と彫りの深い顔が父親(西郷隆盛)に似ているような気もします。まじまじと写真を見つめていると、李さんは、「もっと驚く話がありますよ」と切り出しました。

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「じつは、お父さんの西郷隆盛さんは半年間、台湾に滞在しています。嘉永4年(1851)頃と聞いています」

「えっ! その時代にここに?」

「ええ、その時、漁村の娘さんと恋に落ち、子供ができたのですが、西郷隆盛さんは島津の殿様に呼び戻され、帰国してしまったんです」

「西郷さんは台湾の人とも恋に落ちていたんですか?」

「そうなんです。菊次郎さんのお母さんと知り合う前の話ですが。でもね、どういう縁か母違いの菊次郎さんが知事としてやってきて、地元の人から話を聞いた菊次郎さんは、腹違いのお兄さんに会いにいかれたそうですよ」

上野にある西郷さんのどっしりとした銅像を見る限り、恋多き男のイメージはなかったので、とても驚きました。それにしても西郷さんの亡き後、息子たちが台湾で会うことになるとは、何か不思議な縁を感じずにはいられません。

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