文・写真/梅本昌男(海外書き人クラブ/タイ・バンコク在住ライター)
2006年、アラビア半島を長距離バスに揺られ安宿に泊まりながら南下した。40代前半の中年バックパッカーだった。シリアもその旅の途中で訪れた。かの地には6つの世界遺産があったが、その後の内戦でそれらは全て危機遺産に指定されることになった……。
往時の美しいシリアの世界遺産の姿をご紹介したい。
シリア北部にある国内3番目の都市ホムス。そこからバスに乗って約30キロ、クラック・デ・シュバリエ城へと向かった。現地ではアラビア語名のカラート・アル・ホスンと呼ばれている。
山道を揺られ標高650メートルまでやって来ると、突然、前方の頂きに白い城が現れる。
もともと十字軍が建てた城で、その後、1271年にマムルーク朝が奪取しモスクを含めアラビア風に作り変えた。保存状態が良く、その美しさを現代までとどめていた。アラビアのロレンスことT・E・ロレンスもこの城を訪れ、「世界で最も素晴しい城だ」と称賛。2006年に世界遺産に登録されたが、2013年に内戦により天井が破壊されるなど大きな被害を受けた。
陽が美しく差し込む回廊を進むが、管理が適当で表示もなく係員もほとんどいないので、城の中で迷ってしまった。何とか城壁の上へと出ると、そこには緑豊かな大地が広がっていた。城の外観と相まってアラビア半島にいる事を一瞬忘れてしまう。
美しい光景に息を呑んだ後、やって来たのは恐怖。城壁の上には手すりや柵などなく、うっかり落ちたら……。
高所恐怖症の私は恐る恐る周囲を巡った。
シリア南部にある小さな町、ボスラ。今では特徴のない田舎町になり下がっているが、実は歴史が深い。アレクサンダー大王の進行に始まり、ローマの属州となり栄華を極めた。
その頃、建設されたローマ劇場は保存状態が奇跡のように良く。当時(2006年)もコンサートなどで使用されていた。
私と年若いバックパッカーの友人がボスラを訪れた日は小雨が、しとしと降り続いていた。もともと少ないローマ劇場への訪問者がこの雨のせいで更に減ったため、何と私たちだけで世界遺産を独り占め状態!
このチャンスを逃す手はない! ジャズ・スタンダード曲をオペラ歌手気分で熱唱した(https://www.youtube.com/watch?v=I–OKegZuhE)。ちなみに、歌ったのはアービング・バーリン作詞作曲、フレッド・アステア様の歌唱で有名な『チーク・トゥ・チーク』。
年下の友人に歌の感想を聞いた。
「スゴイですね!」
いやあ、そんなことないよ~、照れるなあ。
「音痴なのに平気で人前で歌えるなんて!」
ガクッ……まあ、どちらにせよ素敵な想い出になった。
文・写真/梅本昌男(タイ・バンコク在住ライター)
タイを含めた東南アジア各国で取材、JAL機内誌アゴラなどに執筆。観光からビジネス、エンタテインメントまで幅広く網羅する。海外書き人クラブ会員(https://www.kaigaikakibito.com/)。