文/印南敦史
高齢の親に対してはつい、「頑固・わがまま・融通が効かない」などというようなイメージを持ってしまいがちだ。
しかし、それは高齢者に限ったことではないと、『精神科医が教える 親のトリセツ』(保坂 隆 著、中公新書ラクレ)の著者は主張する。
たしかに日常生活においては、仕事の進め方などをめぐって上司や同僚と意見が対立することもあるし、夫婦間で意思疎通がうまくいかないこともあるだろう。
人はそれぞれ違って当然なのだから、相手が高齢者になった途端に「年寄りだから頑固で困る」「いい歳をして、そんなわがままを言って」などとネガティブに捉えるのは間違っているというのだ。
最近の親子関係は、「年寄りの言うことを聞かざるを得ない」か、「年寄りをうまく言いくるめる」という、きわめてネガティブな二者択一になっているような気がします。そうではなく、相手の気持ちを理解したうえで、お互いの思いや考え方を尊重しながら歩み寄るコミュニケーションもあるはずです。(本書「まえがき」より引用)
本書ではこうした考え方を軸に、親との折り合いのつけ方について考えているのである。
親との考え方の違いに焦点を当てた第1章「親の心を上手に読み取る」のなかから、いくつかのポイントを抜き出してみることにしよう。
「生きがい」を押しつけない
子は自分の親に対して、「いつまでも元気でいてもらいたい」「歳をとっても生き生きとしていてほしい」と願うもの。だからつい、「生きがいを見つけてもらわないと」「なにか楽しいことを提案しなければ」などと考えてしまいがちだが、それは先走りすぎだと著者は釘を刺す。
テレビや新聞に「ボランティア活動などに参加し、やりがいのある人生を過ごすシニア」というようなストーリーがよく取り上げられているため、「ウチの親も同じように」と考えるようですが、何を生きがいにするか、何に楽しみを感じて毎日を過ごすのかは人それぞれで、親自身が決めればいいことではないでしょうか。いくら娘や息子でも、口出しするのは余計なお世話です。(本書23ページより引用)
もちろん、毎日ボンヤリ過ごしているのだとしたら、認知症のリスクが高まるだけに好ましくないだろう。しかし人間は、特にこれといった目標や生きがいがなくても生きていけるものだというのだ。
ましてや散歩や猫の世話をすることで本人が満足しているのだとすれば、なにも言うことはないはずだ。誰かのために尽くしたり、趣味に没頭するだけが老後の過ごし方ではないということで、なるほどそれは見逃してしまいがちな視点かもしれない。
親を気遣う気持ちは大切だが、過干渉はよくないということだ。親がそれなりに満足した毎日を過ごしているのであれば、「生きがい」を強いる必要はないという考え方。
自分が子どもだったころには親も若かったが、現在の親はもう人格を備え成熟した大人。そう考えると、求められないことまで世話をする必要はないということがわかるのではないだろうか。
弱者扱いしない
「高齢者である親は社会的弱者なのだから、できるかぎり子が守ってやらなければならない」、そう考えている方もいらっしゃるだろう。
社会的弱者とは、所得や身体能力などが制限され、社会的に不利な立場にある人のこと。そうした人たちに手を差し伸べようとすること自体は、人として間違っていない。
しかし、だからといって親と子の関係まで同じような“括り”で考えるべきではない。著者がそう主張することには理由がある。親とのコミュニケーションで悩む人に話を聞いたとき、親を弱者扱いし過ぎていると感じるというのだ。
たとえば、たまに物忘れするからといって「明日は病院へ行く日だからね。わかった?」と、一日に何度も繰り返したり、家事をすべて取り上げて、「危ないから私がやります。お父さん(お母さん)は手を出さないで」というような対応は、親のプライドを傷つけるだけでしょう。(本書25ページより引用)
年齢を重ねれば、いろいろなことがうまくできなくなったり、失敗が増えるのは当たり前の話だ。だが、それは上辺だけのことであり、決して知能が低くなったり、気持ちが鈍感になったわけではない。
したがって、幼い子どもを扱うように言われたり指示をされたりしたら、ムッとしても無理はないのである。
80歳になろうが90歳になろうが、親には親のプライドがあるものだ。にもかかわらず必要以上に弱者扱いされたとしたら、機嫌が悪くなるのも当然。ましてやそれが人前であれば、面目もつぶれてしまうことになる。
最近、親とのコミュニケーションがうまくいかなくなったと感じている人は、こんなふうに親を弱者扱いし過ぎていないかどうか、再確認してみてください。(本書27ページより引用)
著者のこの提案は、心にとどめておきたいところだ。
* * *
ここで紹介されているのは、いってみれば親と心を通わせ合うためのヒント。読みやすく簡潔にまとめられており、すぐに活用できそうなことが多いので、親とのコミュニケーションがうまくいかないと悩んでいる方は、ぜひ手に取ってみていただきたい。私自身も親との接し方について、いくつかの気づきを得ることができた。
『精神科医が教える 親のトリセツ』
保坂 隆 著
中公新書ラクレ
定価本体840円(税別)
2019年8月発売
文/印南敦史
作家、書評家、編集者。株式会社アンビエンス代表取締役。1962年東京生まれ。音楽雑誌の編集長を経て独立。複数のウェブ媒体で書評欄を担当。著書に『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』などがある。新刊は『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)。