文/晏生莉衣

レオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」。その名画の中で食卓に描かれていたのは魚料理だったことについて、前回のレッスン(https://serai.jp/living/1256910)で掘り下げました。
なぜ、魚料理だったのか、その主な理由としては、本連載の「キリスト教と魚」シリーズで紹介してきたように、新約聖書にはイエスや弟子と魚にまつわるさまざまな出来事が記されていることがあげられます。キリスト教文化の世界では、イメージ的にイエスと魚は結びつけやすかったのです。
そしてもう一つ、レオナルドが魚料理を描いた背景にもあげられている史実があります。魚がおおいに活躍した歴史物語なのですが、いったいどんな出来事だったのでしょうか。
弟子たちの伝道で広がるキリスト教
時は初期キリスト教の頃にさかのぼります。イエスが十字架刑に処されたあと、弟子たちはイエスの教えを広めるというミッションを果たすために各地に宣教の旅に出ました。それぞれが命がけで行った伝道活動によって、キリスト教はイエスが宣教した地を超えて地中海東部地域へと広がっていきました。
しかし、キリスト教の急速な拡大は、地域を支配していたローマ帝国当局の警戒を招き、キリスト教信者は厳しい迫害に苦しめられることになったのです。うかつに信仰を口にすれば命を落としかねない緊迫した状況が続く中で、キリスト教徒たちは仲間を見分けるためのサインを考案しました。
それが「魚」だったのです。
合言葉はこうして作られた
当時の地中海地域での共通語はコイネーと呼ばれるギリシア語でした。新約聖書もこの言語で記されたのですが、コイネー・ギリシア語で「イエス・キリスト、神の子、救い主」と書くと、
ΙΗΣΟΥΣ(イエス)
XΡΙΣΤΟΣ(キリスト)
ΘΕΟΥ(神の)
YΙΟΣ(子)
ΣΩΤΗΡ(救い主)
となります。それぞれの頭文字をとって並べると、「魚」という意味の単語「ΙΧΘΥΣ」となるのです。イクテュス、あるいはイクトゥスというように発音され、信者たちはこれを秘密の合言葉のように使って自分たちの信仰を分かち合うようになったのです。
その後、キリスト教がイタリア半島からラテン語圏に広がっていくと、このギリシア語の合言葉はラテン文字に置き換えられ、「ICHTHYS」(正確な表記)や「ICHTUS」(簡易な表記)と記されるようになりました。(参考までに、ichthusという表記もありますが、主に現代の英語表記で発音も異なります)
密かに味方を見極めるための方法
では、この秘密の合言葉はどのようにして使われたのでしょうか。
秘密の合言葉といっても、信者たちは「魚!」と声を出してサインを交わしていたわけではありません。使われたのは主に、二本の曲線で作られた魚の形を地面に描く方法でした。
こんなシーンを想像してみてください。旅の途中で見知らぬ誰かと居合わせたあなたは、杖や木の枝、あるいは指で砂地の地面に落書きをするかのようにゆるやかな曲線を描きます。それを見た相手が曲線を描き足して魚の形を作れば、お互いにキリスト教信者だというメッセージが暗黙のうちに交わされたことになります。

相手がなんの反応も示さなければ秘密のサインが通じていないということなので、相手はキリスト教信者ではないと考えられます。万が一、相手から不審に思われても、「暇つぶしの落書きですよ」とでも言って、線を消してしまえばよいのです。
落書きのような魚の形を作り合うというノンヴァーバル(nonverbal:非言語的)コミュニケーションで、慎重に「私はあなたと同じ信仰の持ち主。味方ですよ」と伝え合う。この視覚的な合図が迫害下で信仰を守り抜くキリスト教徒の支えとなりました。
迫害とは直接関係ありませんが、初期キリスト教においては偶像崇拝が厳格に禁じられていたために、神やイエスの姿を別のものに置き換えて表象するという文化が生まれたことも、このイクテュスのサインが生まれた時代背景としてありました。
「言葉遊び」で生まれた暗号
「ΙΧΘΥΣ」には「イエス・キリストは神の子、救い主」という信仰表明がうまく隠されているわけですが、この言葉のパズルは特殊な語呂合わせがたまたまできあがったというような、きわめてまれな偶然の産物だったということではないのです。
このように各行の最初の文字を順に並べると別の単語や詩になるという言葉遊びの歴史は古く、紀元前の古代ヘレニズム時代から存在していました。ヘブライ語で書かれた旧約聖書の詩篇にも使われており、文字の綴りに神への賛美を隠すのは、信仰を表現する身近な伝統だったのです。
そしてこの創作技法は、古代ギリシアや古代ローマの文化においても詩人や知識人によって使用されて、ギリシア語由来でAcrostic(アクロスティック)と呼ばれるようになりました。秘密の合言葉「ΙΧΘΥΣ」も、このアクロスティックの歴史文化が下地となって創作されたのです。
日本文化でも使われるアクロスティック
メインテーマから離れますが、ここでちょっと気になる言葉のパズルの話を少し。はるか古代に日本から遠く離れた世界で発祥したアクロスティックですが、これとよく似た言葉遊びが日本文化にも存在します。和歌の技法の一つである折句(おりく、「折り句」とも)です。
「唐衣 きつつなれにし つましあれば はるばる来ぬる 旅をしぞ思ふ」
平安時代の歌人、在原業平が『伊勢物語』の中で詠んだ和歌で、折句が使われることでもよく知られています。五句の頭文字を並べると、「か・き・つ・は・た」(カキツバタ)という花の名が浮かび上がってくるのです。
歴史も文化も言語もまったく異なる世界で、このように類似した言葉遊びが生み出された。偶然の出来事というよりは、世界中の「ことば文化」に見出される人間の持つ創造力の普遍性のようなものが感じられ、知的なワンダーランドに誘われたような気分にもなります。
迫害の時代を耐え忍んだあとで
再び話をキリスト教と魚に戻すと、313年にコンスタンティヌス帝が発布したミラノ勅令によってローマ帝国でキリスト教が公認されて、キリスト教徒たちが秘密の魚のサインを交わす必要もなくなりました。
ようやくその役目を終えた「イクテュス」ですが、迫害下で作られたローマのカタコンベ(地下墓地)の遺跡からイエスのシンボルとしての魚が刻まれた壁画が見つかるなど、この歴史の証しが残されています。
キリスト教はついには392年にローマ帝国で唯一の国教になりました。信仰を貫いて殉教していったイエスの弟子や信者たちの払った犠牲が実を結んだともいえる出来事ですが、迫害の時代のシンボルともいえる「イクテュス」の魚は、その後はイエス・キリストやキリスト教を表すマークとして定着。現代では英語でJesus Fish(ジーザスフィッシュ:イエスの魚)と呼ばれてペンダントなどのアクセサリーにされたり、ロゴのデザインに使われたりと、表舞台で存在感を発揮しています。
文/晏生莉衣(あんじょう まりい)
教育学博士。国際協力専門家として世界のあちらこちらで研究や支援活動に従事。国際教育や異文化理解に関する指導、コンサルタントを行うほか、平和を思索する執筆にも取り組む。著書に、日本の国際貢献を考察した『他国防衛ミッション』や、その続編でメジュゴリエの超自然現象からキリスト教の信仰を問う近著『聖母の平和と我らの戦争』。











