取材・文/坂口鈴香

お前が楽をしたいから
子どもが、老いた親に言われるのが嫌な言葉、言われて傷ついた言葉というものがあるようだ。それぞれの関係によってさまざまだが、「よくわかる」と思えるものも少なくない。
東北地方で暮らすMさんは、父親を老人ホームに入れたとき、父親からこんなことを言われたという。
「おメ(お前)は、自分が楽したいから親を施設に預けるんだべ」
確かに、これは堪える。父親がホームに入って3年。手厚い介護を受けていることに安心しつつも、今もその言葉がよみがえり、苦い気持ちに襲われるのだ。
Aさんは、老人ホームにいる母のところに面会に行って帰ろうとすると、いつも「もう帰るの?」と言われると苦笑する。こちらも地味にキツい。
「お世話になっています」と言わされる
さて、この年末年始、親元に帰省する人も多いのではないだろうか。
桐生亜希子さん(仮名・52)は、帰省するたびに、母親の通院に同行している。運転できない母のために運転手がわりをする程度の軽い気持ちだったのだが、母親は桐生さんに診察室に一緒に入り、「いつもお世話になっています」とお礼の言葉を伝えてほしいと要求する。それが「嫌でたまらない」とこぼす。
「なぜこれほど嫌なのか、自分でも理由はよくわかりません。母は70代でまだ介護が必要なわけでもない、頭もしっかりしています。通院しているのだって、大きな病気があるわけではなくて毎回決まった薬をもらうくらいなのに、なぜ私まで診察室に入らないといけないのか。待合室で待っているだけでは不足なのか。必ずお医者さんに私から『母がいつもお世話になっています』と挨拶をさせるんです。母は『私にはこんなに娘から大切にされている』とアピールしたいのでしょうか」
母の懇願をかたくなに拒む理由もないし、それで母を悲しませるのも嫌なので、しぶしぶ挨拶しには行くが、モヤモヤは毎回大きくなるばかりだ。もし、母親に介護が必要だったとしたら、当然診察室にも一緒に入って医師の説明を聞くだろうし、丁寧に挨拶してお礼の言葉も言うと思う。元気な母が、そうなったときと同じようなことを要求するから嫌悪感を抱くのか。そんなことで嫌悪感を抱く自分が冷たいのか、とも思うのだ。
わかっているのに言わされる
金沢美和子さん(仮名・68)の母親は95歳。10年ほど前から老人ホームで生活している。ここ数年は体調を壊し、入院することも増えた。
「先日も半月入院しましたが、何とか無事ホームに戻ってきました。戻るときに『ホームの職員に、このたびはお世話になりました、って言ってね』と私に指図するんです。私だってもう68歳のおばあさんなのに。なんか、ムカつくんですよね」
介護の要不要にかかわらず、なぜ母親は娘にお礼を言わせるのか。自分も将来、娘に言わせるようになるのだろうか。そもそも、なぜ母親からお礼を言わせられると腹が立つのか?
「わかっていることをわざわざ言わされるのが嫌なんですかね。娘からお礼を言ってもらうと、自分がホームで丁重な扱いを受けられると思っているのでしょうか。母は体裁を繕っているだけのような感じがして、それが気に障るんだと思います。そういえば、たびたび銘柄まで指定されて、ホームに差し入れるお菓子も買わされています」
あなたの保護者ではない
宇野和江さん(仮名・63)は、要介護4になる母親の在宅介護で体を壊し、自分が入退院を繰り返すようになった。母親は特養に入居することになった。
「母ほど弱ってしまうと、本当に医療職の方にも介護職の方にもお世話になっているので、いろんなところで頭を下げてきました。今度、私が入院するようになったら、面会に来た夫が『妻がお世話になっています』とナースステーションで頭を下げていました」
そう言って笑う。そして、こんなことも付け加えた。30年ほど前、母親がまだ50代だったころのことだ。
「母がいつもよくしてくれる友人に、私から『いつもお世話になっています』と言うように言われて、『私はあなたの保護者じゃないから!』とケンカになったことがありました」
なぜ、あれほど腹が立ったのか。「母親も自分も若かった」と振り返る。
前出の金沢さんも、「私も、『私は母の保護者じゃない』と思ったことがあります」と賛同した。
金沢さんも宇野さんも、父親なら「お世話になっていますと言ってほしい」とは言わないはずだと断言する。どちらの父親もすでに亡くなっているし、母親が介護していたので、娘に言わせる必要もなかったからかもしれないが。
「“母親病”なのかもしれませんね」と金沢さん。夫に従ってきた世代だからこその「お世話になっていますと言ってほしい」発言なのだろうか、と問うと、金沢さんも宇野さんも「うちの母は決して父に従順じゃなかったわよ」と口を揃えた。
金沢さんは、娘には絶対に「お世話になっています」という言葉を要求しないつもりでいる。それでも、いずれ娘がそう言わざるを得ない状況になるときは来るだろう。そのときはそのとき。「それは娘の意思だから」と笑った。
取材・文/坂口鈴香
終の棲家や高齢の親と家族の関係などに関する記事を中心に執筆する“終活ライター”。訪問した施設は100か所以上。20年ほど前に親を呼び寄せ、母を見送った経験から、人生の終末期や家族の思いなどについて探求している。











