
人生も五十路の坂にさしかかる頃になりますと、それまでの人生を振り返る機会も多くなるものです。そんな時、己の半生を言い表す言葉を探してみるのも一興ではないでしょうか? もしかすると、先人が残した言葉や名言の中に「言い得て妙」と思えるような言葉を見つけられるかもしれません。そして、その言葉からは、己が何を信条として生きてきたのかも見えてくるのではないでしょうか?
名前さえ知らなかった人物が残した言葉。その言葉が、自分が歩んだ人生と重なる「奇遇」を体験できるかも? さて、今回の座右の銘にしたい言葉は「先憂後楽」(せんゆうこうらく) です。
「先憂後楽」の意味
「先憂後楽」について、『⼩学館デジタル⼤辞泉』では、「国家の安危については人より先に心配し、楽しむのは人より遅れて楽しむこと。志士や仁者など、りっぱな人の国家に対する心がけを述べた語」とあります。簡単にいえば、「人々が困っている時には誰よりも先に心配し行動する。そして人々が喜んでいる時には、自分の楽しみは後回しにする」という生き方を表しています。
この言葉には、私利私欲を捨て、公のために尽くすというリーダーとしての覚悟が込められています。現代風に解釈すれば、「責任感を持って先頭に立ち、成果は皆で分かち合う」という姿勢ともいえるでしょう。長年、組織や家庭で責任ある立場を務めてきたサライ世代の方々にとって、この言葉は心に響くものがあるのではないでしょうか。
「先憂後楽」の由来
「先憂後楽」は、中国・北宋時代の政治家・范仲淹(はん ちゅうえん)が書いた『岳陽楼記』(がくようろうき)に登場する言葉です。洞庭湖(どうていこ)のほとりに建つ「岳陽楼」という楼閣の修復を祝って書かれたこの名文の中に、次の一節があります。
先天下之憂而憂、後天下之楽而楽
(天下の憂いに先んじて憂い、天下の楽しみに後れて楽しむ)
范仲淹自身、何度も左遷されながらも民のために尽くした人物でした。権力者におもねることなく、常に民衆の立場に立って政治を行なおうとした彼の信念が、この言葉には凝縮されています。この言葉は、日本でも江戸時代から広く知られ、岡山の名園「後楽園」や東京ドームがある「後楽園」の名前も、この「先憂後楽」に由来しています。
もともとは政治家の心構えでしたが、今では「人の上に立つ者」「家族の中心」「地域のリーダー」など、誰もが心に留めておきたい価値観として語られています。

「先憂後楽」を座右の銘としてスピーチするなら
座右の銘としてこの言葉を紹介する際のポイントは、謙虚さです。「先憂後楽」は崇高な理念を表す言葉ですから、「私は完璧に実践している」という印象を与えてしまうと、かえって傲慢に映ってしまいます。「理想として心に留めている」「目指したいと思っている」といった姿勢で語ることが肝心です。
以下に「先憂後楽」を取り入れたスピーチの例をあげます。
他者の喜びを自分の喜びと捉えるスピーチ例
私の座右の銘は「先憂後楽」という言葉です。「天下の憂いに先んじて憂い、天下の楽しみに後れて楽しむ」という意味で、千年ほど前の中国の政治家、范仲淹が残した言葉だと聞いています。
古くは為政者の覚悟を説いた言葉ですが、私はこれを「仲間が困る前に汗をかき、仲間が笑った後に自分も笑う」という、チームワークの原点として胸に刻んでまいりました。
若かりし頃の私は、問題が起きる前に気付き、奔走することを「損な役回りだ」と感じたこともありました。しかし、歳を重ねるにつれ、その考えは変わりました。私が先に悩み、動くことで、皆さんが安心して力を発揮でき、その結果として大きな成果や笑顔が生まれる。その皆さんの「楽しむ姿」を見ることこそが、私にとって最も遅くやってくる、しかし最高に深い「楽しみ」なのだと気づいたのです。
今は地域のボランティア活動に参加していますが、ここでこそ「先憂後楽」の精神が大切だと感じています。誰かがやってくれるだろうと思って動かなければ、何も始まりません。一方で、活動の成果は皆で喜び合う。そんな当たり前のことが、実は人生で最も大切なことなのかもしれません。
これから先、どれだけこの言葉に近づけるかはわかりません。けれども、孫たちに「おじいちゃんはこういう気持ちで生きてきたんだよ」と胸を張って言えるよう、少しずつでも実践していきたいと思っています。
最後に
「先憂後楽」は、政治家の理想像として生まれた言葉ですが、家庭や職場、地域社会のなかでも、今なお生きる力を与えてくれます。
人生の後半に差し掛かると、自分のことよりも他人や社会のことを思いやる余裕が生まれます。そんな時、静かな覚悟を教えてくれる座右の銘として、心に刻んでおきたいものですね。
●執筆/武田さゆり

国家資格キャリアコンサルタント。中学高校国語科教諭、学校図書館司書教諭。現役教員の傍ら、子どもたちが自分らしく生きるためのキャリア教育推進活動を行う。趣味はテニスと読書。
●構成/京都メディアライン・https://kyotomedialine.com











