取材・文/坂口鈴香

写真はイメージです。

「親の死に目に会えない」のは親不幸か

「親の死に目に会えない」――その本来の意味を知っていますか?

単に、「親が死ぬ瞬間に立ち会うことができない」という意味だと思っている人が多いのではないだろうか。恥ずかしながら、実は筆者もそうだった。本当は「親よりも先に死ぬことが最大の親不孝」という意味なのだそうだ。子どもからすれば、望んで親に先立つわけではないとはいえ、親にとって逆縁以上の悲しみはないだろう。

これまで多くの高齢者やその家族の話を聞いてきたが、寿命が延びるにつれて、逆縁の不幸の話を聞くことも増えた。高齢の方の自宅に伺ったら、50代前後のお子さんの遺影が飾ってあったということも一度や二度ではない。90代の親を持つ子どもが(といっても60代から70代だが)闘病中という例はごく普通にある。106歳の方の息子さんが、「母がこんなに長生きしてくれてありがたいですが、私もがんで入退院を繰り返していまして。喜んでばかりはいられないんです」とおっしゃったのが忘れられない。この方だけでなく、親の長寿を喜びながらも、自分が先に倒れる心配をしている子どもは少なくない。子どももつらいが、子どもに先立たれた高齢の親の悲しみは想像に余りある。

人生100年時代――長寿が生む新たな悲劇だ。

息子が50代で急死し、その妻と二人暮らしになった80代後半の母親はふさぎ込んでしまい、楽しみにしていたデイサービスにも行かなくなったという。お宅に伺ったとき、亡くなった息子の妻は、お話を聞くこちらが申し訳なくなるほど明るく前向きで、義母を支えようとしているのが痛いほど伝わってきて切なかった。息子の妻自身の悲しみを誰かに吐き出すことができているのだろうかと心配してしまうほどだった。

力づけてくれたのは同年代の友人

佐野正司さん(仮名・56)は、母親(86)と同居していた姉(59)をがんで亡くした。長く母娘二人で暮らしていただけに、母親の悲しみは見ていられないほどだったという。佐野さん夫婦や叔母も気にかけて、たびたび母親のもとを訪れ一緒に過ごすようにしていたが、母親はなかなか立ち直れなかったという。そんな母親を一番力づけたのは、母親が長く活動していたコーラスの仲間だった。

「同じような年齢の友達が、母親の気持ちに心から共感して寄り添ってくれました。何か話すわけではなくても、ただそばでお茶を飲んだり、時には食事に連れ出してくれたりしているうちに、だんだん母も元気を取り戻していったのです」

家族よりも、同年代の友人ということなのか。

兄の死を知らない認知症の母は面会のたびに……

桑畑真由美さん(仮名・56)は、認知症で施設に入っている母親(85)に兄が亡くなったことを伝えていない。兄は独身で、父親が亡くなったあと母親と二人で暮らしていた。母親の認知症がわかったころ、兄にもがんが見つかった。当時、母親は兄の病気のことも、手術や闘病のことも理解していたという。しかし母親の認知症が進むにつれて、闘病中の兄は母親の介護が負担になり施設に入居してもらうことにした。

その後も兄は自宅で闘病していたが、母親の施設入居から1年ほど経ったころに亡くなった。桑畑さんは迷ったが、母親には兄の死を知らせず、当然葬儀にも出席させないことにした。ショックを与えて悲しませたくないし、それで認知症がさらに進むのではないかという心配もあった。

兄の死を知らない母親は、桑畑さんが面会に行くたびに「お兄ちゃんはどうしてる?」と聞く。桑畑さんが「入院しているよ」と答えると、安心したような表情を見せる。そしてまた数分後には同じことを聞くのだ。

「もし兄が亡くなったと伝えても、すぐに忘れるとは思います。それが認知症の良いところなのかもしれません。でも忘れるだけに、兄の死を告げるたびに毎回衝撃を受け、悲しい思いをさせることにもなる。それがかわいそうだから、このままずっと嘘をつき続けるでしょう」

母親が兄の様子を聞かなくなるのは、兄の存在さえ忘れてしまったときなのだろう。そう思うと、桑畑さんは兄を失ったときのような喪失感に襲われるのだ。

施設の環境が悲しみをやわらげてくれる

介護施設で働く子安常代さん(仮名・54)は先ごろこんな経験をした。施設に入居するMさん(女性・84)は、50代の一人娘をがんで亡くした。Mさんは認知症だが、一人娘の病気も、闘病で面会に来られなくなっている状況も、混乱することもありながらおおむね理解できていたという。

「亡くなられたあと娘さんのお子さんが施設に迎えに来られて、葬儀に出席されたのですが、その後は比較的穏やかに過ごされていました。もちろん悲しみは大きかったはずですが、施設にいることの長所について感じるところがありました」

長所とは?

「自宅にいると、一人娘を亡くしたという現実が耐えられないほど襲ってくるはずです。でも、施設という自宅とは違う環境が、娘さんが他界するというつらい現実を少しやわらげているように思えるのです。常に職員もいるし、同じような年齢の入居者もいる。子どもに先立たれた経験のある人はいないかもしれませんが、同じ屋根の下で暮らしていれば、皆さんそれぞれいろんな事情をお持ちだというのがわかります。そんな人たちが同じ施設で暮らしているということは、子どもに先立たれた孤独をもやわらげてくれると思うのです」

施設にいるから感じる孤独もあるだろう。施設がやわらげてくれる孤独もあることに少し安心した。そんなとき、先ごろ取材した102歳の方が老人ホームで亡くなったという連絡が来た。「何とか親より先に逝かなくて済みました」と78歳の息子さんはホッとした声だった。

取材・文/坂口鈴香
終の棲家や高齢の親と家族の関係などに関する記事を中心に執筆する“終活ライター”。訪問した施設は100か所以上。20年ほど前に親を呼び寄せ、母を見送った経験から、人生の終末期や家族の思いなどについて探求している。

 

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