
2025年3月13日、長野県の建設会社で、元社員が9億円余りを不正に引き出した巨額横領事件の裁判が行われた。裁判所は元社員に懲役10年の判決を言い渡す。従業員による横領や着服事件は、時折ニュースになる。中には内部統制や社内監査などの不正防止の仕組みがあるはずの、大企業も多い。
恒弘さん(65歳)も「30年ほど前は、横領やキックバックが当たり前だった。数億円規模の横領が行われていることもあったんです。逃げ切れればいいけれど、そうはいかない。僕は連帯責任を問われることになったので、出世はできなかった」という。
店の金をポケットに入れた従業員を見つける
恒弘さんは、1960年に大阪のお好み焼き店の息子として生まれた。
「家族経営の小さな店ですよ。店兼住居で、席はカウンターだけでね。鉄板があって、親父が焼いて、おかんが接客して近所のおっちゃんたちが集まっているようなお店で、安くて味もよく人気がありました」
客が増え、テーブル席を設けた。夫婦の経営では手が足りなくなり、幼い恒弘さんも店に立つように。それでも回らなくなり、当時40代の女性を雇った。
「両親は経理という感覚を知らず、どんぶり勘定で店を回していました。そこに目をつけられたのか、雇ったおばちゃんが代金の一部を、ポッケに入れていたんですよ。あれは小学校2年生のとき。僕はその現場を見て、“お金はレジに入れるんだよ!”と言ったんです」
小学生に、着服するという感覚はない。女性は薄ら笑いを浮かべながら「そうだよね。間違えちゃった」と金をレジに戻した。
「あのときの顔が、すごく卑しくて怖い表情だった。そのときに、彼女は泥棒だと直感しました。その夜、親父に呼ばれたんです。“泥棒を見つけて、ほめてもらえる”と思って行くと“余計なことをするな”と怒られた。ものすごいショックでしたよ」
両親は女性が着服しているのを知っていた。ただ、人手不足で解雇はできない。次の人を見つけてからと思っていたところ、恒弘さんが見つけてしまったのだ。
「当然、女性は翌日から来なくなり、店はてんてこ舞い。僕と弟、見かねた常連客が手伝ってくれて、事なきを得ました。あのときに、大人の事情に首を突っ込んではいけないと思ったのです」
また、この一件から、母は簿記の教室に通い始め、経営の感覚を会得していったという。
「昭和10(1935)年生まれの母は、戦争の影響もあってまともな教育が受けられなかった。簿記を学んだことで、店を経営するという感覚が生まれた。そして、母は売上だけでなく、利益率も見るようになったんです」
母は簿記の教室で世界が広いことを知り、恒弘さんと弟には店の手伝いをさせずに、勉強に向かわせるようになる。
「手のひらを返したように教育ママになりました。あとは美術館や博物館などの文化施設に僕を連れて行った。読書のノルマもありました。弟はすぐに音を上げましたが、僕は勉強が楽しくて、成績はぐんぐん伸びていった」
【温厚だった父が母を殴り、両親は離婚する……次のページに続きます】
