インド映画を見続けていたら、気持ちが回復した

そんな敦士さんを救ったのは、インド映画だったという。

「音が鳴っていないと寂しいから、テレビをつけっぱなしにしていたんです。番組はコロナの恐怖や死ばかりを扱う。ハリウッド映画も日本映画も家族愛や男女の愛を扱うものがあり、辛い。ミュージシャンのライブ動画は、気力を吸い取られる。そんなとき、インド映画をみてビビッときたんです」

極彩色のセットで、俳優が踊り続け、奇想天外なストーリーで観客を魅了する。敦士さんはインド映画をかけ続けた。

「言葉の意味がわからないのもすごくよかった。あの高い音楽と、踊る人々。これを見続けたから元気になれた。部屋も遺品も片付けられるようになりました。今も見ていて、夜中に寂しくなるとインド映画。これだけ見ているのに、話はいまいちわからないんですけれど」

2023年、元気が回復した頃に、44歳の娘が「妊娠した」と言ってきた。

「35歳だという婿さん連れて家に来て、“妊娠したからこの人と結婚する”と。婿さんは着なれないスーツを来て、“順番が逆になり申し訳ございません”などと言っているから、その茶番に笑っちゃった。何が起こったか理解できなかったけれど、体の底から湧き上がるような嬉しさはあった」

娘は敦士さんと親子ゲンカをした後、一時的に北陸方面に短期移住し、リモートワークをしていた。そこで婿となる男性と知り合ったという。

「婿さんは林業関連の仕事をしており、年齢が若い。娘も年齢にしては若々しく、奥さんの方針で健康的な食生活のまま大人になった。そういうこともあって妊娠したのではないかと」

とはいえ高齢出産はリスクがつきものだ。44歳妊婦の娘は切迫早産になり、2か月間、絶対安静状態に。それを耐えて、男の子を出産する。

「娘が出血して入院すると聞いたときは、明治神宮に駆け込みました。僕の父は東京大空襲のときに青山墓地に逃げて命を取り留めた。娘と孫の命を救うのは、明治神宮しかないと直感したんです。両親と妻が眠る墓にも行き、“どうか助けてください!”と毎日祈り続けました」

その甲斐あって、娘は帝王切開で2000gの赤ちゃんを産む。破水が先に起こってしまい、緊急手術になったのだという。

「昔なら助からなかった。保育器に入る孫を見て、お医者さんに“小さいから心配だ”と言ったら、“800gで生まれる子もいますが、元気に育っています”と心配を笑い飛ばしてくれた」

その後、心配をよそに孫はスクスクと育ち、今は巨大な1歳児に育った。

「娘はちゃっかり近くに引っ越してきて、僕と婿さんで子育てを主にしています。婿さんは仕事を辞めて上京したので娘の半分も稼げてない。それでも地元にいるより収入はあると言うんだから、それじゃあみんな東京に来るよと思いました」

婿は下戸だが、娘は大酒飲みだ。孫の1歳のお祝いの席で、敦士さんはとっておきのワインを開けた。娘が生まれた1979年のもので、妻と「娘の結婚式の日に飲もう」と言っていたものだという。

「管理が悪くて酸っぱくなっていたんですが、あのとき、奥さんも“まずいわね”と言いながら飲んでいたんじゃないかな」

婿が孫の寝かしつけのために席を外したとき、娘は「ママが死んで、悲しんでいるパパを見て、夫婦っていいなって。いつか私もそう思われたいなと思って、結婚した」と言った。

「そのときに、幸せの実感が込み上げてきて、“そういうことだよな”と。なんだろうね。娘が母になって、生々しく苦労も多い人生を歩くから、幸せなんだろうねって。あと、孫ができて、親の気持ちがわかったね。人の営みの意味を、身をもってわからせてくれることが、親孝行なのかもしれない」

敦士さんは、「臼と杵で餅を作ってくれた両親を思い出します」と言っていた。親子とは言葉にせずとも思いを繋いでいくものかもしれない。敦士さん夫妻から受けた「何か」を娘は子供達にやっていくだろう。その実感もまた幸せなのかもしれない。

取材・文/沢木文
1976年東京都足立区生まれ。大学在学中よりファッション雑誌の編集に携わる。恋愛、結婚、出産などをテーマとした記事を担当。著書に『貧困女子のリアル』 『不倫女子のリアル』(ともに小学館新書)、『沼にはまる人々』(ポプラ社)がある。連載に、 教育雑誌『みんなの教育技術』(小学館)、Webサイト『現代ビジネス』(講談社)、『Domani.jp』(小学館)などがある。『女性セブン』(小学館)などにも寄稿している。

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