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「孝行のしたい時分に親はなし」という言葉がある。『大辞泉』(小学館)によると、親が生きているうちに孝行しておけばよかったと後悔することだという。親を旅行や食事に連れて行くことが親孝行だと言われているが、本当にそうなのだろうか。

晩婚・晩産化が進み、年金を受給後も18歳以下の子供を育てている人が増えた。そのような人を対象に、2024年12月3日、厚生労働省は年金加算を増額する案をまとめ、社会保障審議会の年金部会に示した。これは子育て支援の一環だという。

東京都内で一人暮らしをしている敦士さん(75歳)は「娘が45歳で母になったことは、単純に嬉しい。子育て支援が充実しているからいい世の中になった」と語る。

【これまでの経緯は前編で】

コロナ禍、夜中にマスクを買いに行き、妻は亡くなる

敦士さんは妻をコロナ禍に71歳で亡くしている。

「もともと、奥さんは58歳のときに大腸がんを患って、手術したんです。そのときに、仕事も減らしていった。その後、がんの転移もないことがわかり、僕の定年が重なり海外旅行もしました。娘は外資系の企業でPRやらマーケティングやらの仕事をしており、仕事に融通もきく。あれはお互いが68歳のときに、なんかの保険が満期になって、フランス旅行をしたんですよ。そこに欧州出張だった娘がスケジュールの合間を縫って同行してくれた。数時間でしたが、本当に幸せだった」

当時、娘は38歳。まだ若い両親と、働き盛りの娘はいい時間を過ごしたという。

「奥さんと“あの子も独身で子供がいないから、こういう親孝行をしてくれた。独身娘もいいもんだね。本当に幸せだ”と話し合ったんです」

その後も穏やかな生活は続き、旅の後に、敦士さんにごく初期の食道がんが見つかり手術。それも乗り越えた。

「食道がんが見つかったとき、このまま僕が死んだら奥さんに看取ってもらえると、ちょっと嬉しかったんです。だって一人で死ぬの寂しいじゃないですか。娘に迷惑もかけたくないし」

しかし、先に死んだのは妻だった。

「2020年3月の深夜、奥さんは“マスクの入荷時間だ”とコンビニに出たんです。マスクがどこも品薄で、マスクが1箱3万円とかで売られていた。奥さんは顔見知りの店員さんに、入荷が夜中だと聞いて、出て行ったんです」

30分程度で帰るのに、1時間経っても帰ってこない。妻は社交的で地元に友達も多い。コンビニで顔見知りと立ち話をしているのだろうと思っていたが、1時間はおかしいと思い、心配して迎えに行こうとすると、玄関前で倒れていた。

「もう冷たくなっていて、死んだことがわかりました。死因は、暖かい部屋から、寒さが厳しい屋外に出たヒートショック。コロナ禍でなければ、夜中でなければ、人が通りかかって誰かが気づいてくれたかもしれない。慌てて救急車に連絡をして、警察が来て、何が何やら全くわからないうちに奥さんは死んでしまった。コロナ禍で葬式もできない。別れることもできないまま、あの世にいっちゃったんです」

当時、コロナウイルスのことが解明されておらず、体液から感染の可能性があると、遺体袋に入れられて火葬されてしまった。

「最後に顔を見ていないから、死んだと受け入れられない。骨を受け取りに火葬場に行き、骨壷を受け取ってお金を払った瞬間に、視界が全部グレー色になっちゃったんです。昔の白黒テレビみたいな感じ。子供時代に体験した、戦後の街の色のない風景とはまた違う。本当にグレーなんです」

1か月ほどかけて、色彩は戻るが「悲しみの底でのたうち回って、悲しみ抜く」という状態は変わらない。妻の死を受け入れるまで2年かかった。娘も一時的に同居して、敦士さんの生活をサポートしたが、娘がいつまでも悲しむ敦士さんに匙を投げたという。

「奥さんの下着や、入れ歯に口付けをしているのを見られて、キモっ、とか言われてね。それがケンカに発展し、娘が一人暮らしの家に戻った。娘がいなければ、奥さんの服に埋もれて寝たり、口紅を塗ったりやりたい放題。でもいいんだよ。夫婦なんだから。“大好きと愛している”を超えて、自分の一部だった奥さんがいなくなるのは、“生木を裂く”痛みなんだから」

【「そんなに夫婦とはいいものなのか」と娘は思った結果……次のページに続きます】

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