「悪いことをする人が、許せない」
結局、隆一さんは雇用延長をせず、退職した。80歳で死ぬことを予定すると、20年間は困らないほどの資産はとりあえずあるという。
「若い頃から投資をしていました。特に力を入れていたのは金投資。始めた30年前は1g 3000円程度でしたが、今は約1万4000円ですからね。あとは株や不動産など。定年後、好きなことをしようと思っても、家族も気軽に誘える友達もいない。これまで十分働いたから、スマホ片手にゴロゴロするという至福の時間を、心ゆくまで楽しむことにしたのです」
隆一さんは、20代後半で結婚し、30代半ばで離婚している。原因は妻の浮気だ。娘がいるが妻に引き取られた。
「元妻は浮気していた男と再婚し、その男との間に3人も子供を作っている。そっちのほうが真実の愛ってことですよ。元妻との関係は最初はギクシャクしていましたが、今は悪くはありません。離婚してから、娘の養育費を送り続けていたし、学費も払っていました」
金の切れ目が縁の切れ目とは言うが、お金に不自由しなかったから、元妻と娘との関係も良好だという。
「食事こそすれ、旅行に行くほど仲は良くない。恋人は時々できていますが、交際3か月目あたりから、お金目当ての雰囲気を醸される。それを察知すると深入りする前に関係を切ってしまい、深い仲になっている人はいません」
一人、マンションの部屋に篭り、ニュースサイトやSNSを見続ける。ニュースを見ると、人がそれをどう思うかが気になり、コメントを書き込むようになったという。
「タレントの不倫、企業の不祥事や隠蔽、詐欺事件などのニュースにコメントし続けるうちに、本丸のSNSのアカウントにまで飛んで、コメントを書き込み続けていました。悪いことをする人が許せない、と怒りの火がつくと、その人が消滅するまで書き続けたくなる」
それには、会社員時代、自分の発言には細心の注意を払い、言いたいことも我慢していた反動もあった。
「そのストッパーが外れて、自由に発言できるという快楽に溺れた。あれはちょっとした病気のような状態でした」
怒りの標的が強く大きな存在であるほど、攻撃したくなる。汚い言葉をぶつけ続けたという。
「そういう状態になって半年後、ある弁護士事務所から内容証明郵便が届いた。それは、僕が誹謗中傷をネット上に書いた有名人の顧問弁護士で、損害賠償請求がありました。僕が書いたことを特定するには、相当な費用や労力がかかる。そのときに、サッと血の気が引いて正気に戻ったのです」
すぐに弁護士事務所に連絡し、謝罪と反省を伝え、SNSアカウントを削除した。損害賠償額の50万円も支払った。
「あのときの僕は、とにかく不満だらけだった。だから、かつてのような特別な存在になりたかったんだと思います。ネットは強い言葉を書けば、そうなったように錯覚できる。あのときに目が覚めて本当に良かった」
【スマホから離れるために、水泳教室に通い始めるが……その2に続きます】
取材・文/沢木文
1976年東京都足立区生まれ。大学在学中よりファッション雑誌の編集に携わる。恋愛、結婚、出産などをテーマとした記事を担当。著書に『貧困女子のリアル』 『不倫女子のリアル』(ともに小学館新書)、『沼にはまる人々』(ポプラ社)がある。連載に、 教育雑誌『みんなの教育技術』(小学館)、Webサイト『現代ビジネス』(講談社)、『Domani.jp』(小学館)などがある。『女性セブン』(小学館)などにも寄稿している。