取材・文/坂口鈴香
認知症の義母。ホーム入居を反対した義父
津田美千代さん(仮名・62)は夫と実母、3人で暮らしている。実母は介護が必要というわけではないが体調に波があり、介護が近づいているのを感じている。気にかかっているのは、それだけではない。車で2時間の距離にある隣県に住む夫の両親の介護も切羽詰まった状況になりつつあるのだ。
「夫には兄がいますが、男兄弟ばかりだとどうしても女手が足りなくなります。自分の親は自分たちで見てね、とは突き放せなくて、夫と一緒に義父母の様子を見に通わざるを得ません」
義父母ともに90代。しかも義母は認知症だ。二人暮らしがいつまでできるか、津田さんが心配するのも無理はない。
「一度は、義母を老人ホームにお願いすることにして、入居日まで決まっていたのですが、直前になって義父が反対したんです。すると、義母までが入居を拒みました。義母は義父と一緒にホームに入ると思い込んでいたらしく、一人では入らないと言い出して……」
義父がどうして義母のホーム入居を反対したのか、その真意はわからない。義母と離れたくなかったのか。
困ったことに、義父はヘルパーを家に入れるのも拒否している。
「いくら他人を家に入れたくなくても、家事ができなくなった義母と二人で暮らしていくのなら、ある程度プロの手は借りないと難しいでしょう。義父だって90歳を過ぎていて、慣れない家事をやるのも大変でしょうし、体力だって落ちているはずなのに」
義父は意地になっているようにも見えたが、義父の意思を尊重し、しばらく様子を見ることにした。
助けを求められなかった義父母
ある日、義母のケアマネジャーから電話が来た。義父に連絡しても電話に出ないという。
「慌てて家に行ってみると、ゴミ屋敷になっていました。義父は腰を痛めて寝込んでいたんです」
義父は掃除も料理もほとんどしていなかったようで、室内には大量のカップ麺の空き容器が転がっていた。
訪問医に診てもらった結果、義母にも重い脱水症状があったため、二人は入院することになった。
「義父母は90代なのに、息子たちに頼ろうという考えはまったくなかったようです。これほどになるまで二人でよくがんばっていたとは思いますが、それだけに体が弱っても助けを求められなかったのかもしれません」
津田さん夫婦と義兄は、義父母が退院しても自宅に戻すのは難しいだろうと考えた。二人で同じ施設に入ってもらうのがいいだろうということになったが、ひとつ問題があった。
「家計のことです。どうもこれまで家計の管理は義母がしていたようで、義父は通帳やハンコをしまっている場所も、暗証番号もわからないと言うんです。私たちが家中探してようやく、おそらくこの通帳とカードが対だろうというものを発見しました。これで、入院費や施設の費用はそこから払えるだろうと思っているのですが、年金が振り込まれている形跡がないんです」
義母が認知症になる前に確認しておくべきだったと後悔したが、後の祭りだ。
「夫や義兄は、お金のことは聞きにくくかったのでしょう。娘だったら聞けたと思います」
ここは嫁である津田さんが動くしかない。ひとまずゴミ屋敷を片づけて掃除をしようとしたが、掃除機も見当たらない。
「義父に聞くと『捨てた』と言うんです。なぜ掃除機を捨てたのか不思議です。掃除機が重くて掃除するのが大変になったのかもしれませんが、捨てなくてもいいのに。謎です」
これからは、夫と義兄が定期的に両親の様子を見に通うことになった。どちらも隣県に住んでいるので負担は少なくないが、誰にも頼らずにがんばってきた両親なのだから、ここで支えないわけにはいかないと話しているという。
【後編に続きます】
取材・文/坂口鈴香
終の棲家や高齢の親と家族の関係などに関する記事を中心に執筆する“終活ライター”。訪問した施設は100か所以上。20年ほど前に親を呼び寄せ、母を見送った経験から、人生の終末期や家族の思いなどについて探求している。