兄が家を借りるときの保証人は、すでに亡くなっていた

息子は、不動産賃貸契約書の確認、賃貸物件の保険の状況、生命保険、年金、健康保険などの手続きを済ませた。兄の賃貸契約書で保証人になっていた人物は、あるお寺の住職で10年前に亡くなっていた。

「そのお坊さんは、生涯独身で債務を引き継ぐ子供がいなかったんです。兄が死んだ後、戸籍を集めました。兄は2回結婚しており、子供はいなかった。切なかったのは、杉並の家をずっと本籍地にしていたこと。なんだかんだ言って、あの場所を愛していたんですね」

兄の遺体は警察に引き取られていたので、火葬までに2週間かかった。この費用約8万円も息子が支払った。信江さんは「そのくらい、兄の口座に残っているから、あなたが出す必要はない」と言ったら、息子は「少しでも手をつけたら相続放棄ができなくなるの」と言った。相続放棄の条件は、故人の財産に一切の手をつけないことだ。

「火葬した後に相続放棄の手続きをするんですね。3か月しかリミットがないので、どうしようかと思いましたが、それも息子が全てやってくれました。後で兄に200万円の借金があることがわかり、息子のおかげで払わなくて済んでホッとしました。現地にいると、“なんてきつい物言いをする子なんだろう”と思いましたが、息子のおかげで色々免れることができたのです」

死亡当時、兄の借金の状況はわからなかった。亡くなってから数か月が経過して、滞納していた税金、借金の債権者から続々と届き始めたという。

「息子に伝えると“相続放棄しているから支払いません、と突っぱねて”と言われました。とても頼りになり、ありがたかったです。“ママ、僕ね、甘い卵焼きが好っき!”と甘えてきていた息子が、頼れる社会人になって、きちんとおじさんになっている。最高の親孝行だと思いました」

いま、兄は両親と同じ墓に入っている。

「父が亡くなる前に、“あいつ(兄)が見つかったら、ウチの墓に入っていいと伝えてくれ”と言われたんです。父は痛み止めのモルヒネでもうろうとしながらも、兄のことを考えていた。父は私のことなど一言も言いませんでしたからね。ありがとう、も言わなかった(笑)。“できが悪い子ほど可愛い”と言いますが、父は兄を愛していたのでしょう。私は両親の墓に兄を入れるという親孝行ができて幸せだと思いますよ」

穏やかな気持ちで、亡くなった兄を偲べるのは、息子のサポートがあったからだ。「息子は密かに私たちを見守ってくれるという安心感がある」と続けた。困ったときのサポートもまた、親孝行の一つなのだ。

取材・文/沢木文
1976年東京都足立区生まれ。大学在学中よりファッション雑誌の編集に携わる。恋愛、結婚、出産などをテーマとした記事を担当。著書に『貧困女子のリアル』 『不倫女子のリアル』(ともに小学館新書)、『沼にはまる人々』(ポプラ社)がある。連載に、 教育雑誌『みんなの教育技術』(小学館)、Webサイト『現代ビジネス』(講談社)、『Domani.jp』(小学館)などがある。『女性セブン』(小学館)などにも寄稿している。

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