兄の事件の後始末、原野商法詐欺で5000万円が消える

10年ぶりに東京に帰ってきて驚いたのは、実家の荒廃だった。60代の両親は、白髪だらけになって老け込んでいた。

「兄は大学を中退してから家を出て、音信不通になっていたのですが、父が探し出し、更生施設に入れたりして望みをかけていました。でも、帰ってきてからの兄は悪い仲間と付き合い、暴力事件を起こしたりして、両親は後始末に追われていたそうです。どんなに大変でも、私たち夫婦には何も言わなかった。主人の経歴に傷がつくと思ったんでしょうね」

兄は父の私的な財産を持ち出して、原野商法に引っかかってしまったという。

「80年代当時のお金で5000万円もあった、父のお金が全部消えたんです。他にも兄から受けた心労は計り知れず、父は67歳のときに膵臓がんで亡くなり、その2年後、65歳の母が心不全でこの世を去りました。東京に帰ってきてから、両親の看病をしっかりできたので、親孝行にはなったと思います」

父は高度経済成長の波に乗り、それなりに財を成したが、亡くなったときにあったのは数百万円の現金と、信江さんが生まれ育った杉並の家だけだった。

「成功しても元通りになるんだなと。両親は兄がもたらす心労で殺されたようなもの。随分恨みましたが、思えば父は兄に暴力を振るっていた。幼い頃に受けた痛みを、兄は仕返ししたのかもしれません。葬式にも来ませんでしたから。5000万円を溶かしてしまったことで、兄は心の整理もできたのかもしれません」

東京に戻る前は、ふっくらと柔和だった信江さんは、たった3年ですっかり見た目も心も老けてしまったという。両親の死去にまつわる一切の事務、親戚とのやりとりなどを引き受けていた。そんなこともあり、もう一人子供を作るという計画も経ち消えた。

「息子にきょうだいを作ってあげたかったんですけどね。息子はちょっと変わった子で、他人への思いやりがない。一人で黙々と考えていることが好きなんですよ。幼い頃から積み木やブロックで街を作って遊んでいました。主人に似て頭がよく、私に似て自由なところがある。中高一貫の男子校から国立大学に入り、今は街づくりをする企業に入っています」

大企業に勤務する息子も転勤が多い。社費で留学していたこともあり、社会人になってから、正月以外はほとんど会わないという。30歳のときに結婚したが1年で離婚。何人か交際している女性はいたが、結婚までは至らなかった。

「反応が薄いというか、薄情に見えるところがあります。自分の意見に反すると、きつい言葉で相手を切り捨てる。私も息子には遠慮しています。10年ほど前、私が友達と韓国旅行に行く話が出て、チケットとホテルの手配をどうすればいいかわからなかった。息子は旅行の手配をよくしているので“予約してほしい”と頼んだところ、“自分で遊びに行くのだから、自分でやって。できないなら、行かないで”とピシャリと言われ、心の中で“冷淡よっちゃん(息子の愛称)”と呼ぶことにしたのです」

【「お兄さんが亡くなりました、亡くなってから10日目に発見された」という連絡が……その2に続きます】

取材・文/沢木文
1976年東京都足立区生まれ。大学在学中よりファッション雑誌の編集に携わる。恋愛、結婚、出産などをテーマとした記事を担当。著書に『貧困女子のリアル』 『不倫女子のリアル』(ともに小学館新書)、『沼にはまる人々』(ポプラ社)がある。連載に、 教育雑誌『みんなの教育技術』(小学館)、Webサイト『現代ビジネス』(講談社)、『Domani.jp』(小学館)などがある。『女性セブン』(小学館)などにも寄稿している。

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