子供や孫がいないと、圧倒的にヒマ
雇用延長が終わった後は、週に2〜3回、1回3時間程度のスキマバイトをしているという。
「健康づくりも兼ねて、清掃のアルバイトをしようと応募したら、50代の採用担当者が僕の履歴書を見て、“あなたは雇えません”と言ってきたんです。高学歴な人は離職率が高いとも言われました」
他にも、清掃を中心に10社ほど応募したが、採用されなかった。有名私立大学卒、海外勤務を経て、公務員という吉則さんの経歴に警戒心を抱かれたのだ。
「仕事もなく、ヒマだから、北海道を車で一周する2週間の一人旅をしました。でも一人だと全然、面白くない。車だから他人との交流もない。一人は楽なんですけれど、感想の全てが自己完結ですから、圧倒的につまらないんですよ」
帰ってきても、吉則さんの妻は会社員だ。平日の昼間は一人でいることが増える。友達はいるが、孫の世話だ、孫の受験のサポートだと追われている。
「結婚が遅かったので、子供のことは考えたこともなかった。でも、いないと圧倒的にヒマなんだなと思いました」
そこで、抵抗感と不安があったが、スキマ時間で働くアプリに登録する。
「話題のギグワーカーになりました。スキマバイトのアプリで、主に飲食店の皿洗いとか、結婚式場の掃除とかをしています。そういう現場は東南アジアから来た留学生が多く、彼らとコミュニケーションを取るのも楽しい。多くの人が、国では超エリート。IT、化学、土木建築などを学んでおり、世の中を変える力を持っている人がたくさんいます。僕があと30年若ければ、何か手伝いをしたいと思うほど」
彼らは、「出会う日本人の多くが、“冬、寒くない?”と質問してくる」と言っていたという。
「彼らは、日本人の気遣いをありがたく思うと同時に、“会う人ごとに質問される”という面倒さも抱えているようでした。というのも、“どこから来たの?”と、“冬、寒くない?”“ダウン持ってる?”などと、初対面の人に聞かれるんですから」
その日、家に帰り妻に「外国人留学生との相互理解を促すための、質問テンプレートのようなものを発信したい」と話したら、「あんた、ウザいよ。何かを向上させようとか、レベルを上げようとか、その作為がキモい」と一蹴されたという。
「ちょっとムッとしちゃったけど、冷静な妻がいたから、無事に仕事ができているのかもしれないと気づきました。僕は、東南アジアの貧困層の悲惨な状況を何とかしたいという思いが強く、役員の椅子も約束されていたメーカーを29歳のときに辞めた。31歳のときに役所に勤め始めて、30代半ばで結婚するまでは、自分の信念や正義で暴走したことが何度かあった。仕事を辞めかけたこともありますからね」
しかし、結婚してからは、そういうこともなくなった。妻という冷静な伴侶のおかげだという。そんな吉則さんは「定年後も、できるだけ、仕事を続けたほうがいい」という。それは、健康面、経済面の利点もあるが、世の中に繋がり、貢献できているという安心感があるからだ。ただ、確実に体力は落ちている。「老いのスピードは、自分で思うよりも速い」と続けた。だからこそ、体力の確認と、旅や趣味などやりたいことのバランスを考えつつ、時間と期限を決めて働きながら生きていくことが大切なのだという。今は、その選択肢も広がっている。勇気を持って、何かを始めてみることから、全ては始まるのではないだろうか。
取材・文/沢木文
1976年東京都足立区生まれ。大学在学中よりファッション雑誌の編集に携わる。恋愛、結婚、出産などをテーマとした記事を担当。著書に『貧困女子のリアル』 『不倫女子のリアル』(ともに小学館新書)、『沼にはまる人々』(ポプラ社)がある。連載に、 教育雑誌『みんなの教育技術』(小学館)、Webサイト『現代ビジネス』(講談社)、『Domani.jp』(小学館)などがある。『女性セブン』(小学館)などにも寄稿している。